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あかいはさみ



 気が付けば、文房具屋に居た。

繁華な街並みから少し離れた下町情緒溢れる通りを一本脇道に入った所にある文房具屋。学校帰りに高校のブレザーの制服姿のまま何故だかふらりとそこに足を踏み入れた私は、狭い棚の間を練り歩く。ちょっと暗い店内に老舗っぽい独特の匂いが漂うのが好きで、文房具の調達には駅前の小綺麗なスーパーやコンビニエンスストアよりこちらによく来るようにしていた。

ふらふらと歩く私のその視界の端を不意に掠った朱(あか)を目で追って足を止め、何の変哲もない文房具達の並んだ棚を見る。その中に一つ、ぽつんとどこか浮いているような雰囲気の赤いハサミがあり、それが私の目を引いたのだと理解した。

「『なんでも切れるあかいはさみ』…?」

 誇大広告ともとれる商品名を声に出して読んでみる。なんだか小学生が思いついたような安っぽい謳い文句だ。

あまりネーミングセンスを感じられないその商品を手に取って眺める。見た目はごくごく普通のプラスチック製の赤い持ち手のハサミ。子供が使っても危なくないようにか、その刃先は丸くなっており、刃物特有の刺々しさが薄い。パッケージの中から店内の薄暗い照明を鈍く反射する安っぽいそのハサミはお世辞にも「なんでも切れる」ようには見えなかった。

 どこかぼんやりした頭でそれを暫く眺めたあと、気が付けば文房具屋のおばちゃんに私は声をかけていた。

「これください」

 文房具屋の馴染みのおばちゃんは何故か心配そうな目を私に向けながら、見たままの通り安いハサミの会計をしていた。私はそんなに疲れた顔をしているのだろうか。何か声をかけられたような気がしたが、私はそれを確かめもしないまま逃げるように文房具屋を後にした。

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