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西加奈子「漁港の肉子ちゃん」

肉子ちゃんは太ってる

肉子ちゃんは不細工

肉子ちゃんは男運がない

肉子ちゃんの本当の名前は菊子だ
だけど 自分を捨てた男を探しに行った北陸の港町で うおがしという名の焼き肉屋で働くようになり
よく肉を食べ よくしゃべり よく笑う菊子ちゃんは 肉子ちゃんと呼ばれ 
そして町中の人に愛されている


大人になると 自分の心のままに笑ったり泣いたり怒ったりできないことも多い

それはダメと言われて気持ちを奥に押し込んだり イヤだという言葉をムリに飲みこんだり
その度に心はメキメキと音をたててつぶれていくけど つぶれる音を聞くのにもだんだん慣れっこになる

肉子ちゃんは いつでも全力で肉子ちゃんで
空気なんて読まない 誰の心にもずかずかと入っていく 
いつも笑ってていつもやかましくて 最初は馬鹿にされたり冷たい目で見られたりするけど

でもなぜかいつの間にやら 肉子ちゃんの周りの人達は肉子ちゃんのファンになってしまう


人間 お腹や頭だけじゃなくて 心が痛くなる時だってある
そんな時は 痛いって声に出して言ってもいいんだ
痛いと泣いたからって つき放したり迷惑がったり嫌ったりしない
そんな肉子ちゃんの隣にいると みんな安心して 自分でいられるんだろう

「サリンジャーっ!なんとか戦隊の名前みたいやなっ!」

肉子ちゃんがそんなふうに笑い飛ばしてくれたら きっと悲しい気持ちもさびしい気持ちもぜーんぶ空に放り投げて 一緒に笑い転げられるんだろうなと思う


大丈夫 私だけじゃない 誰だってみんな ダメな大人なんだ
そうして みんなが少しずつ ダメなところを赦しあって生きてるんだから
まるごとの自分でいいじゃないか


(2013.01.30)

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