前田ゆきこ

本を読む時間が大好きな本の虫。本の中に知っている想いを見つけた時、そしてその想いという…

前田ゆきこ

本を読む時間が大好きな本の虫。本の中に知っている想いを見つけた時、そしてその想いという形のない儚いものを誰かと共有できた時の悦びは、何物にも代えがたい宝物です。本と人、人と人とをつなげる、そんな縁結びができたら嬉しいです。

マガジン

最近の記事

星新一「声の網」

今あなたが頭の中で考えていることは本当にあなた自身が考えたことですか 今あなたが感じているその感情は本当にあなたの心から湧き出たものですか この質問に自信をもってイエスと答えられますか? 「声の網」は40年も前の星新一さんの作品 その中で描かれるのは 完璧な商品の説明とセールス お金の支払いや音楽の配信サービスに診療サービス そして秘密の相談まで… ありとあらゆる高品質のサービスを 電話一本で誰もが受けられる世の中 何かに似てる 似てるというか 電話かインターネット

    • 中田永一「吉祥寺の朝日奈くん」

      吉祥寺に住む朝日奈くんは 役者への道をあきらめて バイトをしながらなんとなく毎日をすごしている ルックスのいい朝日奈くんはもちろんモテるけど どこか煮え切らないとこがあり 女の子とつき合ってもいつも数ヶ月で自然消滅 そんな朝日奈くんがうっかり恋をしてしまうのだけど その相手は実は…   私の推測だけど 彼はかっこよすぎるが故に 誰かに恋をする前に いろんな女の子から好きになられてしまい  つき合ってと言われて断る理由もなく なんとなくつき合い始めるけど それほど相手に対し

      • 山田詠美「学問」

        ひとりっきりの秘密は、役に立たない秘密なんだ。 学校の帰り ふたりで寄り道した蓮華畑  蓮華を編んで作った紐のはしっこを お互いが握りしめて歩いた ふたりの間をつなげていたのは蓮華の紐だけじゃない 裏山での出会い 社宅でのお祭り 生徒会室でのふたりきりの会話 秘密の共有という甘美な時間のひとつひとつは  お互いを確かにつないでる 結びつきを証明するものは何もない きっと他人にはわかるまい でも つなぐ何か 名前さえないそのつながりを ふたりは感じ とても大切にしているの

        • ポール・オースター「鍵のかかった部屋」

          美しい妻と小説の原稿を残して失踪したかつての友人ファンショー 残された小説を託された「僕」はそれを出版し さらにファンショーの伝記を書くことになった 友人の過去をたどり 今の居場所を探しまわるうちに 僕の中に確かにあった何かが少しずつ壊れはじめる ファンショーは今どこにいるのか はたして生きているのか いや 今までも本当に存在していたのか  ひょっとして 僕の心が創り出した ただの幻なのか 今目の前にあるものは本当にそこに在るのか 部屋も その中にいるはずの人間も 実は自

        星新一「声の網」

        マガジン

        • 北村薫
          5本
        • 伊坂幸太郎
          1本
        • 恩田陸
          6本
        • 上橋菜穂子
          2本
        • 村上春樹
          2本
        • 加納朋子
          2本

        記事

          内田樹「街場の文体論」

          愛がない 最近 言葉に対して人々の愛が足りないよと思ってた 読む側も そして 書く側も たくさんの人がいろんなところでいろんな文章を書いているのに せっかく書かれたものでも 読んでて何がおもしろいのかわからず心に響かないものが多い 言葉はただ情報伝達や行動記録の道具であり 言葉は使い捨てるものである そんなふうに扱っている人が多いように思うのだ もちろん それも間違いじゃない それも言葉の持つ機能や性質のひとつだし いかに速く正確に大量の情報をやり取りできるかが重要な

          内田樹「街場の文体論」

          百田尚樹「永遠の0」

          0(ゼロ)は零戦の0(ゼロ)のこと 義理の祖父を持つ姉弟が 戦中零戦パイロットだった実の祖父のことを調べるため 生き残りの人達を訪ね話を聞いていく 生きて帰りたいと言って周囲から臆病者扱いされていた祖父が なぜ最後に特攻で自ら命を落とすことになったのか… 真実がすべて明らかになるラストでは 読みながらいろんな想いが込みあげ ゼロにも他の意味が見えてくる  特攻隊に限らず あの時代戦っていた人達はみな お国のために天皇のために喜んで死んでいったわけではない 人は道具なんかじゃ

          百田尚樹「永遠の0」

          熊谷達也「邂逅の森」

          とても力強い 生きる力の凄みを感じさせる小説 時は大正時代 秋田の山奥の小さな村で マタギの家に生まれた男の一生を描く 代々受け継がれた独特の狩猟法で狩りをするマタギ  それを生業として生きていた若い富治は 有力者の一人娘と恋に落ちたことで 村を追われ 鉱山で工夫として働くことになる それでも山や狩りへの思いや 愛おしい人への想いを断ち切れない富治は 再びマタギとして生きる決意をし 厳しい道を歩むことになるのだが… 常に山の神や自然への畏怖や敬意を持ちながら 獣たちと

          熊谷達也「邂逅の森」

          西加奈子「漁港の肉子ちゃん」

          肉子ちゃんは太ってる 肉子ちゃんは不細工 肉子ちゃんは男運がない 肉子ちゃんの本当の名前は菊子だ だけど 自分を捨てた男を探しに行った北陸の港町で うおがしという名の焼き肉屋で働くようになり よく肉を食べ よくしゃべり よく笑う菊子ちゃんは 肉子ちゃんと呼ばれ  そして町中の人に愛されている 大人になると 自分の心のままに笑ったり泣いたり怒ったりできないことも多い それはダメと言われて気持ちを奥に押し込んだり イヤだという言葉をムリに飲みこんだり その度に心はメキメ

          西加奈子「漁港の肉子ちゃん」

          北村薫「街の灯」

          北村薫さんらしい優しい雰囲気のミステリー 時代は昭和初期 上流家庭のお嬢様が謎を解く三篇のお話 ヒロインの英子は古き良き時代の女性といった感じで 清らかで理知的 三話目の「街の灯」がよかった 軽井沢の別荘に避暑に来ていた 英子や友人達やその婚約者 彼らが催した自作映画の試写会でひとりの女性が死んでしまう その死の真相を解明する英子と運転手のベッキーさん 英子の友人の言葉 わたしはね、自分のことも駄馬だと思っているの。だから、自分の前に千里の馬が現れるま

          北村薫「街の灯」

          伊坂幸太郎「死神の精度」

          人の死を見定める死神 一週間その人を観察し会話をし「可」か「見送り」かを判断する 死神も案外人情家で 一週間一緒にいるうちに情がわいて  みんな「見送り」にしてあげちゃうのかななんて お気楽に考えて読み始めた けれども この死神 あくまでクール 死が迫ってる調査対象者に同情なんかせず 淡々と仕事をこなす 人間独自のつらいことの一つに、幻滅、があるじゃないか。… 人間は幻滅を感じるのがつらい。  人間というのは実に疑り深い。自分だけ馬鹿を見ることを非常に恐れていて、その

          伊坂幸太郎「死神の精度」

          恩田陸「夏の名残りの薔薇」

          かなり不思議な感じのミステリー 小説を読んでるというより 舞台を観ているような感覚 山奥のホテルに招待された客 招待したのは不穏な過去をもつ三姉妹 三姉妹の芝居めいた会話を中心に 毎晩豪華なパーティーが開かれるが そのホテルでいくつかの変死事件が起こる 語り手を変えながら 同じ出来事が 変奏曲のように繰り返される 何が本当に起きたことで 誰が本当のことを言っているのか 読み進めながら 頭が混乱してきて 最後は 全く予想外の結末 のっけから 姉弟の近親相姦だし 三姉妹の一

          恩田陸「夏の名残りの薔薇」

          恩田陸「球形の季節」

          噂ってこわい 読後の第一印象はその一言につきる 元はある少年の思いつきなんだけど 噂や言葉が広がるうちに 何か得体の知れない力を持ち始める それが怖い 舞台は谷津という田舎町 作品中に出てくる「本当の谷津」とは何のたとえだろう 不幸な出来事で心に傷を負ったものや ある種の感受性の強い子はそこに跳んでいくことができる  そこは現実よりも心地いいらしい そして 「8月31日みんなを迎えに来る」そんな噂を信じて みんなは迎えの来るその場所へと向かう 今ここにいる自分は本当の自

          恩田陸「球形の季節」

          北村薫「夜の蝉」

          人の悪意の恐ろしさを書いた二篇「朧夜の底」「夜の蝉」 やさしく清々しい「六月の花嫁」 「夜の蝉」が一番よかった  姉妹の葛藤と愛が軸になっているが 胸の奥にずしりときたのは お姉さんの恋敵の行動 自分の欲しいものを手に入れるためなら何でもする 人を騙し陥れる お化けになってでも… 理性も常識も自分のプライドをも吹っ飛ばして感情の赴くまま生きる こういう人間も世の中にはたくさんいるんだろう こわい こわいと思う その人がじゃない そういうふうに生きられる人がちょっと羨ましいと

          北村薫「夜の蝉」

          北村薫「朝霧」

          この本も やはり北村薫さんらしくやさしいのだが 『走り来るもの』の中のリドル・ストーリーにはぞくりとした 愛する妻の目の前で 浮気相手の男の言い出した賭けに乗る夫  彼は目の前までライオンを引き付けて銃で撃ち倒さなければならない  倒せれば賭けは夫の勝ち  打つのが早すぎればライオンは倒せないし 遅すぎれば襲われるが  その前に浮気相手がライオンを撃ってくれると言う  だがその場合賭けには負ける さて 結末はいかに 「わたしは引き金を引いた。弾は…。」 女は残

          北村薫「朝霧」

          上橋菜穂子「精霊の守り人」

          東洋系異世界ファンタジー 子ども向けと侮るなかれ 大人が読んでも充分楽しめる 上橋さんらしくしっかりと世界が構築されているので 映像が頭の中に浮かぶようで 時間を忘れて物語の中に入り込んでしまう まず主人公のバルサが30代の女性という設定が素晴らしい ファンタジーの主役には勇敢な美少女か気の弱い少年しかなれないものと思っていたが 大きな誤解だ 自分が背負わされた惨い運命と心の傷と戦いながら 命をねらわれる幼い皇子チャグムを守るバルサがかっこいい 怒りや憎しみと向き合いな

          上橋菜穂子「精霊の守り人」

          村上春樹「レキシントンの幽霊」

          つかみどころのない不思議な雰囲気の七つの短編集 村上春樹さんは長編よりも短編の方が断然好きだ 「氷男」「七番目の男」もよかったけど イチオシは「沈黙」 高校時代にクラスメートから無視という嫌がらせを受け それに耐えた男の話 頭の回転と要領の良さで人の注目と人気を集めるだけの浅薄な青木 主人公は彼に嫌がらせをして優越感にひたっている青木を見て憐れみにも似た感情を覚える この男にはおそらく本物の喜びや本物の誇りというようなものは永遠に理解できないだろうと思いました。~あ

          村上春樹「レキシントンの幽霊」