見出し画像

遠い国から、自分色の鱗を切望する

私はこの9月から、交換留学生という身分で留学中だ。

大学の授業が始まってから1週間経った。
日本とは何もかも勝手が違い戸惑うことも多く、生活を軌道に乗せるにはまだ時間がかかりそうだ。
こういう宙ぶらりんな状態は、ちょっぴりストレス。
それに言葉の壁はまだまだ高くて厚い。
それでも日本にいては経験できないであろう、
ささやかな幸せを感じる瞬間も確かにあり、
そういった瞬間を支えに毎日過ごしている。

もともと私は変化というものを楽しめる性質ではなくて、一度収まったところからは動きたくない主義だ。
馴れ親しんだ人や場所との別れにはおそらく人一倍弱くて、新たな出会いには、希望よりも緊張を覚える。
そんな自分を少しでも変えられたらというわずかな希望を抱きつつ、私は留学に踏み出した。
しかし人間そうすぐに変われることもなく、
今のところはなかなか殻を破れない自分を自分で鼓舞しながら過ごす毎日だ。

「自分を変えたい」と書いたが、正直に言うと具体的にどこをどんな風に変えたいのかが私にはあまり見えていない。
「新たな出会いに緊張ではなく希望を抱ける人」になりたいという、ざっくりとした目標はある。では、私がなりたい人というのは、新たな出会いに遭遇した時、具体的にどう振る舞うのだろうか。
どんな声色で、どんなことばを発するのだろうか。どんな表情をするのだろうか。
どういう手順で相手の心を開いていくのだろうか...

私の知り合いの中には、新たな環境にすぐに馴染んで、友達をみるみる増やしていくのが上手な人がいる。まさに私が憧れる類の人だ。
私もそうなりたい。だから、手始めにその人たちの様子を思い出して、真似てみることにした。

声の調子は通常より明るめに、反応は通常の私よりも大きめで、常に笑顔。

これが私が分析して導き出した、憧れに近づくための鉄則だ。  

結果、確かに真似てみると、いつもの自分よりは表面的な社交性は増した気分になった。
でも、当たり前かもしれないが、内部の芯のところはちっとも変わらない。ことばが聞き取れないこと、言いたいことをうまく伝えられないことを恐れていて、外国語で対話することに緊張している。
最初の数十分は良い感じだと思っても、だんだん疲れてきてしまう。
まぁ、自分じゃない自分になりきって無理をしているのだから、当たり前か。
それにしてもどうにかならないのかな、この変わらぬ根本、という気持ちだ。

ただ、私がお手本にしていた一人の人と先日喋っていて気づいたことがあった。
彼女は留学生ではなく、こちらに住みついて働きながら勉強をしている。
私から見れば、外国語がペラペラで、社交的で、物怖じしなくて、行動力に満ち溢れていて、誰とでもすぐ仲良くなれるような、私が欲しいものをすべて持ち合わせているような人だ。
しかしそんな彼女も、渡航してきたばかりのころは外国語をちっとも話せず、どうしようどうしようと毎日右往左往する日々だったそうだ。

ことばという、意思疎通をするうえで人間が恐らくもっとも頼りにしているツールを失った(とまではいかないまでも、100%フルで安心して使えるわけではない)状況では、私が今抱いているような恐れや緊張は、きっと誰しもが抱えているのだ。
問題は、それらを飛び越えようとする勇気と度胸があるか無いかだ。

現に彼女は、「ことば」という異国においてはかなり不完全なツールを、10%でも20%でも良いから振り絞り続けて、幾度となく壁を乗り越えてきた。人とのつながりを築いてきた。
それができたのは、トーンが高めな声色や大きめなリアクションがあったからではなく、**継続的な努力があったからだ。  

彼女が纏う鱗の輝きは、その努力の賜物だ。
彼女はその鱗を今でも磨き続けながら、今日ものびのび泳いでいる。**

輝いてみえる他人の鱗の色を無理やり自分の表面に塗りたくったって、その色は「私」という素材の上では輝かない。
せっかく塗った色は、長続きしないですぐにボロボロ剥がれてしまう。
そして剥がれた隙間から覗くのは、やっぱり自分色だ。
自分があんまり好きじゃない自分色。

表面で輝く色は、内部から滲み出た色。
その人なりの努力の色。

自身の内部で歌う独自の精神が、その歌をありのままに解放する勇気を持ち、伝える努力をする。そして相手がそれに耳を傾けて応えてくれた時、その旋律が唯一無二の輝く鱗になって返ってくる。
そしてその鱗は、「解放」という一歩を力強く踏み出した、勇者の勲章でもある。

「憧れ」と「真似」は違う。
いくら真似ても、憧れの鱗は手に入らない。
なぜなら、人の数だけ精神の歌があるから。
自分じゃない歌を歌ってみたところで、そこに誠実さはないから、相手に届かない。

だからまず、私がやるべきことは解放だ。
私だけの精神の歌を、心を込めて力一杯歌う。同時に、相手の精神の歌にも耳を傾ける。そうすればいつか、誰かと豊かなハーモニーを奏でることができ、その旋律が何色でもない、自分色の鱗になると信じて。

という、自分を鼓舞するためのささやかな決意。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?