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あなたとまた、ふたりで。


「恋の始まりは、オオゼキでした。」



30歳もとっくに過ぎ、周りの人たちが次々と結婚していく中、私は少し焦っていた。女ばかりの職場で出会いもなく、好きなアイドルに夢中で結婚とは程遠い。
そろそろアラサーとも呼べないお年頃だし、そりゃ焦りだって出てくるってなもんで。

ランチ後の満腹眠気と闘いながらパソコンの数字とにらめっこしていると、ポケットの中でケータイが震えた。昼間に連絡してくるのはようこだな、と思いながら何食わぬ顔で席を立つ。給湯室でコーヒーを淹れながらこっそりチェックすると、予想通りようこから1件メッセージが入っていた。

「合コンやるよ!オオゼキ合コン!さちこは強制参加ね!」

ぼんやりした頭にハテナが浮かぶ。え?なに?オオゼキ合コン?またわけのわからないことを…。よくわからないままに、私は強制参加となったようだ。


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謎のオオゼキ合コンとやらに参加すると、ようこがTwitterで募集したという男女7名が集まっていた。よくもまぁこんな謎の合コンに参加したもんだ。ここに来ている時点で、なんだか好感が持てた。

スーパーマーケットのオオゼキに心酔しているようこのアテンドで、我々はオオゼキで買い物をし、レンタルスペースで料理をすることに。お料理合コンってやつか、と思ったけれど、買い物から一緒にというのはなかなか面白い。ペアになってカートを押しながらスーパーで買い物というのは、結婚生活を連想させる。金銭感覚や普段の自炊レベルもわかってなかなか良いものだ。


ペアになったのは3つ年下の会社員の男の子だった。第一印象では、まぁ普通。

入ってすぐに、たくさんのトマトがお出迎え。正直、トマトにこんなに種類があるなんて知らなくて戸惑った。すると彼が、こっちは甘みがあってジューシなやつで、こっちはプチっと弾力があるのだと教えてくれた。トマトにそんな違いがあるのか。

「トマト、詳しいんですね」と私がいうと、彼は照れたように少し赤い顔をして「今日のために毎日オオゼキに通って色々試したりしてみたんです…」と言った。なんだか可愛かった。かと思えば、食材を買うときはコスパを考えて選んだり、理数系な感じがしてちょっと頼もしく見えた。私は計算が苦手なのでありがたい。


買い物終わり、2つの袋をひとりで持とうとしたので、「1つ持つよ」と言ったら「大丈夫だよ」と言われた。なんだか女扱いされるのが照れ臭くって、「いや、悪いから。持つってば。貸して!」と、我ながら可愛くない言い方をしてしまった。すると彼はクスッと笑って「じゃあ、半分持って」と言い、1つの袋をふたりで持った。なんだかちょっと、くすぐったかった。


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あれから何年経っただろう。


あの日以来すっかりオオゼキで買うのが習慣になり、今日もトマトを手に取る。あの日彼が教えてくれた、甘くてジューシーなトマトを。


今、私の隣に彼はいない。


隣には、彼によく似た小さな恋人。


「ねぇママ、今日もパパおそいかなぁ?」
「そうね。パパはお仕事が忙しいみたいだから、先に食べちゃおうね。」



もう、あの日のように彼とオオゼキに来ることはない。いつも、息子と2人だ。仕事で家を空けがちな彼とは、すれ違ってばかりいる。


彼は覚えているだろうか、このトマトを。

初めて会った日に教えてくれた、この甘くてジューシーなトマトを。


甘い時間を思い出して欲しくて、私は今日もトマトに手を伸ばす。






#金曜ビター倶楽部


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