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【短編】私と一緒に ♯2000字のホラー

正直に言う。俺は緊張していた。

恋人の家に足を踏み入れるのは初めてだ。
付き合ってから、もう1年以上も経っている。俺の家には何度も来てくれているのに、相手の家に呼ばれたことはなかった。

「あれ?そうだったっけ?」

自分がここに来るのは初めてだと口にすると、彼女は口元に手を当てて、記憶をたどるような仕草をしてみせる。その様子を見ると、自分以外の男は来たことがあるんじゃないかと勘繰ってしまう。

「その辺りに座って、楽にしてて。今、お茶入れるね。」

そう言って通されたワンルームは、思っていた以上に殺風景なものだった。物も少ないし、柄物もない。
その中で目を引いたのが、壁に沿うようにして置かれたシングルベッドの上にある、10数体のぬいぐるみだった。そのどれもが、デフォルメされた男の子の姿をしていた。

最近のマンガやアニメに詳しくない自分は、それが何かのキャラをモチーフとしたものだろうという推測しかできなかった。ただ、彼女から、特定のマンガやアニメを推してるという話は聞いたことがなかった。
普段、大人しく本を読んでいる印象が強い彼女に、そういう推しがいるのも意外だった。

床に置かれたクッションの上に腰を下ろす。
ここから見えるキッチンでは、彼女が鼻歌を歌いながら、紅茶を入れている。ここまで香りが届いたから、間違いない。
手持ち無沙汰な自分は、他に気を引くものがないか、部屋の中に視線を巡らせる。

ふと、近くの棚に伏せられた写真立てを見つけた。彼女がこちらを見ていないのを横目で確認し、手を伸ばす。それは、彼女と別の男の2ショット写真だった。2人とも楽しそうに、こちらに視線を向けて笑っている。
彼女は今とそれほど見た目は変わっていない。つい最近のものかもしれない。隣の男には見覚えがあるような気もした。ただ、知り合いにはいない。

今どき、写真を現像して写真立てに入れる人なんているんだな。

浮気してるんじゃないかと、これを見せて揶揄ってみようか。ただ、伏せられていたことからしても、その可能性は薄いような気もする。
それよりも、こいつをどこで見かけたかを思い出した方がいいかもしれない。つい最近のような気もするのだが。この顔立ちというより、着ている服に覚えがあるような。。

キッチンの彼女がこちらに視線を向けたような気がして、慌てて写真立てを元のところに戻す。それから、そうしない内にティーポットを持った彼女が姿を見せ、俺に向かって笑いかけた。

「ごめんね。時間かかっちゃって。」
「いいよ。気にしないで。」

彼女とテーブルを挟んで、お茶を飲んでいると、緊張が薄れていくのを感じた。この場所は初めてだが、彼女とはそれなりに長い付き合いなのだ。一緒にいる空気を感じてしまえば、そこまで緊張は続かない。

「ベッドにあるあれらは、何かのキャラ?」
「・・私、夜一人で寝るの、苦手なんだよね。だから、あの中から選んで、抱きしめて寝てるの。」

「子どもっぽいよね。」と付け加えて、彼女が笑う。その答えに少し違和感を覚えたけど、それが何なのかよく分からず、「そうなんだ。」と応える。

「一番の新入りくんは、あの一番手前のかな。ほら、黒の半そでシャツに、ジーンズ着てる子。」

彼女はそう言って、自分の斜め後ろを指差した。自分も彼女の指し示す先に目を向ける。

黒の半そでシャツに、ジーンズを着たぬいぐるみの男の子が、こちらに目を向けている。自分は早々に目を逸らすと、彼女に自分の思っていることが気取られないよう、笑いかけて言った。

「・・今日は抱きしめて寝る必要がないね。」
「・・そうだね。」

彼女は自分の口に手を当てて、フフッと笑った。


お風呂場から、彼女がシャワーを浴びている水音が聞こえる。女性の風呂は時間がかかる。その間にどうすべきか俺は決断しないとならないだろう。

先ほど手に取った写真立てと、彼女が『一番の新入り』と紹介していたぬいぐるみを目の前に引き寄せる。
写真に写っていた男が着ているのは、黒の半そでシャツに、ジーンズ。このぬいぐるみが着ているものと同じ。どことなく髪形や髪色、肌の色も近い。

つまり、このぬいぐるみは過去の男を模して、彼女が作ったもの。

自分がもし彼女と別れたら、俺のぬいぐるみを作って、ベッド際に並べるのだろうか。既にぬいぐるみは10数体。彼女の過去の男は、それだけいることになる。百歩譲って、それでもまぁいい、と気にしなかったとして。俺が一番に気になっているのは、本当にそれだけなのか、ということ。

ぬいぐるみの方を手に取って見てみると、背中にファスナーがついているのが見えた。持ち手が隙間にしまえるようになっていて、一見すると気づかない。そのファスナーを開けて、中にあるものを掌に取り出す。髪の毛一束と歯複数本。

背後で、お風呂場の扉が開く音がする。

どこからかともなく、男の声で「逃げて。」と言われ、俺は震える声で「もう遅い。」と返した。

以前「♯2000字のホラー」という応募企画があって、それに2作品投稿しました。なぜ今ホラーなのかと言われると、急に寒くなったから?としか答えられません。これ主人公が助かる道もあるのですが、皆様分かりますか?
ちなみに、推しぬいを否定する記事じゃないです。そんな才能もない私としては、羨ましい限り。
「♯2000字のホラー」過去の2作品のリンクも張っておきます。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。