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短編小説『ワンダフル・トゥナイト』

「あたしの家って阪急でいうと最寄りが大宮駅なのよ」
「知ってるよ、この家のことだろう」
「うん、そう、でもわっくんは普段電車乗らないからそういうことはわからないんじゃないかと思って」
「いやいや、だってこの家に来るのに大宮の駅前を通るからそのくらいのことはわかるよ」
「でもわっくん、自分の興味ないことは全然知らないから。こないだもお米三合炊いておいてって頼んだら炊飯器の3のところまで摩り切り一杯にお米入れてたじゃない」
「それは知らなかったからだろ。知ってたらそんなことしないし、あれからそんなことしてないじゃないか」
「だから。電車使わないなら知らないかもしれないじゃない」
「電車使わなくても大宮駅は知ってるさ」
「じゃあ大宮の隣は何駅かわかる?」
「え、あの斜め向かいだろ。あれは京福の大宮駅じゃないか。あ、四条大宮駅だったかな」
「違う、そういう意味じゃなくて。阪急の隣の駅の話。河原町方面は隣が烏丸でしょ。逆側は何駅かわかる?」
「西院」
「さいいんね」
「え。あれ、にしいんじゃないの」
「違う。さ・い・い・ん」
「サイーンじゃなくて?」
「違う。さ・い・い・ん」
「いが続くの言いにくいね」
「言いにくいもいが続いてるじゃない」
「ほんと。そういうとこ、よく気づくよね」
「それはいいの。その西院なんだけど。知ってた?あたし、職場が烏丸にあって、普段はあたしも歩いてるんだけど、帰りに雨が降ってたから電車で帰ることにしたの。そしたら、烏丸から大宮も、烏丸から西院も、運賃が同じなの」
「いくら」
「170円」
「ふーん。まあ、そんなものじゃないの」
「いや、そういう話がしたいんじゃないから無理に話を合わせようと頑張らなくても大丈夫」
「それを言われると合わせにいったほうは究極に恥ずかしいからやめてほしいんだけど」
「恥ずかしい割にいつもそれするからいつもあたしも言わなきゃいけないの」
「だから言わなけりゃいいんだって」
「もう、今はそれはどうでもいいから聞いて。あたしは大宮が最寄りだからもちろん大宮で降りたんだけど。例えばこれって、人によっては、えー!大宮も西院も運賃同じなら遠いとこまでいくほうが得だし西院まで行っちゃおう!ってなる人っているかな」
「そんなバカなことをするやつはいないだろ」「でも、わっくんこないだ、剣食堂でそんなにお腹空いてないのに無料だからってご飯大盛りにしたじゃない。あれって西院まで行くのと同じ発想じゃない?」
「あー」
「あーじゃないよ」
「つまり俺はサイーンまで乗っていってしまったわけか」
「クイーンみたいに言わないで。クイーンは電車じゃなくて自転車よ」
「ほんと。そういうとこ、好きだな。キスしてやろうか」
「クイーンじゃなくて?」
「ちがう。K・I・S・S、キッスだよ」
 あたしたち二人は熱いキスを交わした、ワンダフルトゥナイト。それはクラプトンだね。仕方ないか、いとしのレイラ。

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