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連作短編小説『ワンダフルトゥナイト』第5話

「それでロールプレイングゲームなんだけどさ」
「またその話?」
「いや、レイちゃんが話しはじめたことだから」
「何の話だったかしら」
「俺は知らないよ。知らないけど途中で終わっちゃってるから気になるだけで」
「あー、そうそう、それでわかっちゃったんだ」
「何が」
「思い出した。この話をしていて、男と女って長いこと付き合ってるともうお互いがお互いに関心を持たなくなるってことがあるよねってあたしが言ったらわっくんが、そんなこともあるのかなって言うからあたしが、わっくんそういうとこ、守りに入るよねって言ったら話がおかしい方に進んじゃったんだよ」
「え、それは俺のせいなの?」
「そうとは言ってない。思い出したって言っただけ」
「で、何だったの?」
「うーんと、あ、そうそう、だからね、途中で終わっちゃうとずっと気になるってわっくんが言ったじゃない」
「うん」
「そしたら、男女のお付き合いも途中で終わらせてしまえば飽きることもなくなるんじゃないかなーって思ったわけ」
「わかるけど途中で終わるってどうすればいいの?」
「だからお互いのことを分かり合いきっちゃったらダメってこと」
「でも分かり合いきるなんてこと、できるものなのかな」
「本当に分かり合うなんてことはできないと思うけど、分かった風になっちゃうことはあるでしょ?」
「うーん、どうかな」
「わっくんは今まだあたしに対してそうなってないから分からないかもしれないけど、長年連れ添ってる夫婦なんかは、例えばわっくんのお父さんお母さんのこと、思い浮かべてほしいんだけど、たぶん、まだ付き合いたての恋人同士の雰囲気ってあったりする?」
「ない、と思う」
「この際、ないことにしておこう。それがないってことは、相手に対して。つまり、お父さんはお母さんに、お母さんはお父さんに、ある程度あきらめちゃってるところがあると思うわけ」
「まあ、ずっと一緒にいるんだから、あんまりいい言葉ではないけどお互いに妥協しちゃってるところはあるんだろうね」
「そう、でもその妥協があたしは分かり合いきってるっていう状態なんだと思うの」
「長く一緒にストレスなく暮らすにはいい方法だと思うけど」
「でも恋とか愛とかって心に負荷をかけてるっていう意味ではストレスでもあるよね」
「俺はレイちゃんと一緒にいるのをストレスと感じたことはないよ」
「それはあたしだってない。でも凪ではないじゃない?むしろ強い風が吹いてると思うの」
「嵐かもしれない」
「吹けよ風、呼べよ嵐」
「ブッチャーじゃない」
「だからそこでプロレスにいくから話が逸れるんだよ」
「違うよ、プロレスにいくから話が逸れるんじゃなくてプロレスにいった時点で話は逸れてるんだよ」
「そこは別にどうでもいいんだけど」
「違うよ、そこが大事なんだよ」
「まあ、いいよ。プロレスにいった時点で話は逸れてる。それはそれでいい。俺が嵐って言ったのが悪かった」
「別にわっくんが悪いわけではないけど、まあ、いいわ。あたしが言いたいのは、お互い妥協しちゃうことで凪になってしまう状態が、いわゆる『分かり合いきっちゃってる』っていうことで、そのことによって男女の関係って冷えていっちゃうんじゃないかなーって思ったわけ」
「違うよ、凪になっちゃうから男女の関係が冷えるんじゃなくて男女の関係が冷えたから凪になっちゃうんだよ」
「あー、さっきのプロレスの話するから話が逸れるのくだりの仕返ししてやったって思ってるでしょ?」
「別にそんなことはないけど」
「違う、絶対にそう思ってる。そういう顔してたもん」
「まあ、それはいいじゃない。でも一緒にずっといるには凪くらいがいいのかもしれないね。時化はいやだ」
「時化は嫌だけど時化みたいな激しさ?激しみ?はずっと持っていたいかな、って。で、ずっと持っているには分かり合いきっちゃう前、途中でやめるのがいいんじゃないかなって」
「でも話戻るけど、それってどうすればいいのかな」
「うん、だから、お互いのことを決めつけないこと?わっくんはこういう人だからとか、レッテルを貼らないでいることであたしたち、ずっと途中でいられるんじゃないかって」
 レイラの話は途中だったけど俺は衝動的に俺の唇を彼女の唇に重ね、舌の付け根を前歯の歯茎に擦りつけた。レイラの舌が歯と歯の間からこちらに侵入してきて俺の舌を連れ去ろうとする。俺の舌は連れ去られまいと抵抗し、むしろ彼女の舌を自陣へ引き寄せんともがいてみた。レイラ、この応酬を俺は途中で止めるなんてできない。ああ、今夜もワンダフル・トゥナイト。君はいとしのレイラ。

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