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2022年10月に読んだ本

1 岸本佐知子・柴田元幸編訳『アホウドリの迷信』★★★★★

現代英語圏異色短編コレクションと銘打たれている。言わずもがな面白い。競訳余話として二人の対談が載っているのもよい。一番好きだったのはローラ・ヴァン・デン・バーグ「最後の夜」。少年院と精神科の閉鎖病棟の合いの子みたいな施設にいる女の子3人の話。この時点で私好みすぎる。しかも冒頭の一文「私が列車に轢かれて死んだ夜の話をしたい。」。強い。二番目に好きだったのはサブリナ・オラ・マークの3編。詩のような、現実と奇想の混ざり具合がエキサイティング、私もこんなものが書けたらと思わされた。一つ難点は邦訳がほとんど出てない作家ばかりを集めているので、気に入っても現状他の作品はほとんど読めないこと。早く誰か訳してくれ!

2 春日武彦・穂村弘・ニコ・ニコルソン『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』★★★★☆

春日武彦と穂村弘の死にまつわる短編集。私も死というテーマを考えることが好きな「死を弄びたいタイプ」なので面白かった。理想の死に方とか考えること自体が面白い。この二人は同じ一人っ子同士のようだが鬱屈の度合が全然違う。春日武彦はこれから自殺する可能性もありそうな人だなと思った。やはり精神科医は普通の医者より精神疾患寄りのパーソナリティを持っている。しかし60歳越えてもここまで鬱屈としているのは凄い。レアだと思う。穂村弘が自分のことを「子供部屋おじさん」などと誤魔化さず、「パラサイトシングル」と言っていて好感が持てた。あと、喉にぬるぬるの石鹸を詰めて自殺した人の話が強烈だった。

3 津村記久子『やりなおし世界文学』★★★★★

世界文学の名著の書評集なのだが、めちゃめちゃ面白い。2段組みで300頁以上あるが、ガツガツ読める。ここまで面白く書評を書けるのは凄い。声を出して笑ってしまう箇所もあった。しかしこの本をどうやって紹介したらいいものかわからない。

4 大森静佳『ヘクタール』★★★☆☆

歌集。前作の『カミーユ』が割かしよかった気がしたので買ったが、前作も今作も正直何も覚えていない。完成度の高い作品だとは思うのだが、何か残らない。私には綺麗すぎるんだと思う。清流のような歌たち。

5 ジャネット・ウィンターソン『オレンジだけが果物じゃない』岸本佐知子訳★★★★★

何で今日まで読んでなかったんだ! 岸本佐知子訳ならまず面白いに決まってるのに。これは岸本佐知子訳作品の中でも群を抜いて、ハッチャメッチャに面白い。私好み。これは作者の処女作であり、半自伝的小説。まず強烈な出自。主人公は孤児で、狂信的なキリスト教徒である母に引き取られ育てられる。母親は勿論常に暴走しれるし、主人公も当然ズレまくっていて、そこにさらに主人公の同性愛が発覚してからは、もう滅茶苦茶である。痛みを伴うユーモアをここまで作品に消化できるのは才能としか言いようがない。私はこういう作家が、作品が、大好きなんだよ。

6 乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子『鉄道小説』★★★★☆

乗代雄介目当てで購入。鉄道開業150年を記念したアンソロジー。乗代雄介の作品は唯一主人公が電車に乗らない。乗代作品はいつも通り、その土地の地理や歴史に踏み入り、その土地を作者が滅茶滅茶歩いていることが伝わってくる語り。ご飯に味噌汁、焼き魚、漬物のシンプルながら丁寧でこだわりのある定食のようないつもの味わい。釜で炊いた少し硬めの白米、よく噛んで読む美味しさ。
他の作者の作品だと滝口悠生と能町みね子のが面白かった。滝口悠生の作品は、湘南新宿ラインを北上して亡き祖父の家に行かなきゃいけないのに南下してしまってそのまま南下する話。能町みね子の作品は20代後半に差し掛かった女性がBL漫画家の叔母を頼って青森に移住する話。どちらの作品にもちょっと風変わりな独身の叔父叔母が出てくるのだが、私はそのポジションを狙っているし、そういう人間に憧れがあり、したがってそういう人間が出てくる小説が好きだ。それこそ乗代雄介はそういう叔父叔母小説の大家だが、今回収録されている作品に叔父叔母は出てこない。あと、能町みね子の作品を読んで青森に行ってみたくなった。

7 キム・ヘジン『君という生活』古川綾子訳★★☆☆☆

帯に「寂寥感と抒情があふれる。」と書いてあるが、「苛立ちと嫌悪の間に寂しさの隙間風が入り込む。」くらいが正しい。短編集なのだが全編とにかく胸糞悪い。どの話でも私が君に苛立っている。すべての君がそこら辺にもいそうなイラつくタイプの人間なのである。何が楽しくてこんな作品を書いたのだろう。こんなイライラする人間の話は普通書きあげられないと思う。

8 若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』★★★☆☆

タイトルはすごくかっこいいと思う。お笑い芸人のキューバ・モンゴル・アイスランドの旅行記。冒頭に出てくる自分(たち)は新自由主義のせいで苦しんでる云々みたいな話は新しく知った言葉を使いたい馬鹿な中学生みたいでウザさが鼻につくが、歳を取りかつ社会的に成功していて仕事も忙しい、にも拘らず、家庭教師を雇って時事のニュースを解説してもらうなど勉強をしているのは偉いと思った。元々勉強好きな人間ならともかく、勉強が苦手で嫌いだった人が歳取ってから勉強するってのは並大抵のことではない。このあたりの姿勢に成功の秘訣が垣間見える。全体的に旅行記として面白く読める。ただ文章が特別上手いわけではない。逆に言うと上手いわけではないのにこれだけの分量をちゃんと作品として成立する形で書けるのは凄い。私もモンゴルでパオに泊まって馬に乗り草原を駆けたい。

9 レイチェル・クシュナー『終身刑の女』池田真紀子訳★★★★★

1の『アホウドリの迷信』に載っていた作家の作品で内容が気になったのでAmazonで注文。どうでもいいけど今までAmazonで頼んだ中古本のなかで一番美品だった。何なら新品より綺麗。
終身刑で服役している主人公と彼女が収容されている女子刑務所の話。貧困家庭で愛情に恵まれず育ち学もない、そんな主人公はドラッグに溺れ軽犯罪を繰り返し、ストリッパーとして生計を立てるもそこで粘着されたストーカーを殺してしまい終身刑、愛息子とも生き別れ。この物語は刑が確定し収容所から収容所へ移送されるトラックの中から始まるので、最初っから、言ってしまえば詰んでる、というか終わってるわけだけど、そんな終わってる状況でも人は希望を持たずには生きていけないという事実よ。暗い話ではあるが語り口は淡々としていて冷静、乾いていて、しかも面白い。最後のシーンは真っ暗なのに煌々と明るい、絶望的な終わりなのに始まりと希望を感じる。

10 アンドレイ・クルコフ『ペンギンの憂鬱』沼野恭子訳★★★★★

ウクライナのロシア語作家の小説。戦争の影響で本屋などでも取り上げられており前々から気になってはいたが、ここまで面白いとは思わなかった。憂鬱症のペンギンと暮らす売れない短編小説家が、故人が亡くなる前に弔辞を書くという奇妙な仕事を始めたことをきっかけに不可解な出来事に巻き込まれていく。まず設定がいい。ペンギン! 私もペンギン飼いたい! しかしペンギンは実際に飼うのは大変で、しかも糞がとても生臭いらしいな。最後のオチの付け方もいい。綺麗に落ちている。文体もとても軽くてサクサクと読みやすい。面白かった。

11 小野絵里華『エリカについて』★★★☆☆

詩集。現代の普通の女の子の詩という感じ。拗らせを感じない。帯を伊藤比呂美が書いているが、女性性の身体との向き合い方に伊藤比呂美と近しいものを感じた。


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