「不登校」というものを体験してみてわかったこと

僕自身これまでいわゆる「不登校」とは
無縁の生活を送ってて

別に学校が特別好きという
わけではなかったんですけれど

中学高校では一応、皆勤賞をいただくくらいには
何事もなく学校に通えていました。

だから正直に言いますと、

不登校とはどんな気持ちか
ちゃんとわかっていませんでした。

中学も高校もやっぱり同じクラスに
入学式以来一回も来てない人はいたけれど

そういう人に対しては
学校くらいくればいいのに
みたいなこと思っててめちゃくちゃ他人事でした。

やはり、ちょっとでも片足突っ込んでみないと
当事者の気持ちというのはわからないものです。

それで実際に僕が「不登校」という状態に
片足突っ込んだのは自動車学校でした。

(おかげで免許の取得に10ヶ月を要してしまった…)

しかしながら、

別に教官との相性が悪かったとか
そういうわけでもなく

最初はちょっとしためんどくささだったんです。

ちょっとめんどくさくて行くのをサボったら
1週間、2週間とズルズルと行かなくなってしまって

それで、間隔が開くと行きづらくなる
みたいなことってあるじゃないですか。

そういうのも相まって
余計行かなくなってしまったんですよね。

だから1ヶ月以上教習所に顔出さない
みたいな月とかざらにあって

ちょっとした不登校をかましたわけです。

たしかにスケールはだいぶ小さいけれど
不登校という状態を実際に体験してみて
ちょっとだけわかったんです。

高校の時の同じクラスで
始業式しか顔出さなかったアイツの気持ちが…。

こういう状態で何がきついかって
今日こそ行かなきゃと思ってる自分と
いや行きたくないと思ってる自分で

毎日、果てしなく葛藤することになる
ところなんだと思います。

「行かなきゃいけない」って

別に第三者に言われるまでもなく
自分が一番わかっているんですよね。

だから常に葛藤していて
何をしていてもそのことが頭に浮かんで
いつも不安と無気力に襲われます。

自分の場合、たかだか教習所なので
だいぶマシだったと思うんですけど

きっと中学とか高校だったら
そういう葛藤はもっと辛いものだろうなと
容易に想像がつきます。

今、不登校やひきこもりの問題を
いかに改善するかということが色々と議論されていますが

やはり何より重要なのは
理解し寄り添うという姿勢なのだと思います。

普通に学校行ってた身からすると
いかに葛藤が辛いものかは
なかなか気づきにくいかもしれません。

僕もそうでした。

だからこそ本人の不安や葛藤を
理解しようと努めることは
ちょっとでも何かを好転させるための

第一歩なのだと思います。

しかしながら

こうして記事を書いて今にして思うのは
免許取得に10ヶ月もかけたこと(かけすぎた…)は
果てしなく無駄なことのように思えるけれど

わずかながら不登校という状態の
気持ちがわかったという意味では
無駄なことではなかったのかもしれません。

よく言われていますからね
人生には無駄なことは起こらないと

とりあえずそれを信じましょう。

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