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全然弾けない。

続きのような、
最近の気になっていることを書いているような。



息を出し続けることができないのは、
そうすることがいいと思っているか、
もしくは、
息のことが疎かになってしまうくらいに
他の刺激が強いのか、強い刺激に対して、
そういう反応をしていることを
自分自身でわかることが必要なんです。

記事にもあるように、
言われても自分でやっていることを
わかることができないくらいに、
身についているんです。
練習していればいるほど。

それが当たり前すぎて
やっていることすら気づけないんです。


やっている、もしくはやっていない。
このことに気づけていない、
こういうことはありうるんだということです。

書いてて、まあそうだよなって。
アレクサンダーさんが見つけたことなんですから。

まだテクニックとして発展途上の段階で、
頭は前上へとするんだと、そこまでわかっていた
そんな初期段階で、自身を鏡で見てみると、
まさに頭を前上へしようと思ったその瞬間に
頭を後ろ下へ持っていっているのを見たんです。

そんなことあるわけないじゃない、って思うでしょ。
でも、そんなことしちゃうんですよ。
彼のお間抜け、なんかではなく、
ほとんど誰しもがやってしまうんです。

やったことがないことでも、
やろうと思えばできる。
そう思っていたってことです。


やっているつもりでも、
実はやっていないってことは、あります。


上の記事の場合だと、
見ながらでも、演奏できる。
と思っているのにも関わらず、
息を入れるという、
吹奏楽器を演奏する上で大事なことが
疎かになっていた。

疎かにするつもりも、
疎かにしているつもりも
全くないだろう、にも関わらずです。

なぜこうしてしまうのでしょうか。

二つのことを同時にするって
本当に、皆さんが思っている以上に
難しい、いや、違いますね、
難しくはないんです、
やったことがないから、できないんです。

しかも、二つのことを同時にするって、
当たり前にできていると思っているから、
本当に、二つ同時にできているかの
検証をしたことがない。


自転車を漕ぎながら、
真剣に歌を歌うとなると、多分ですが
漕ぐスピードが遅くなるんじゃないでしょうか。
それは歌の方に意識を集中していて
足を動かすことが疎かになっているから。
前を見ることも、なんとなく
見えている程度になっているかもしれません。

これと同じです。

一つのことをずっとやり続けながら、
もう一つのことを付け加える。
もうひとつ、もうひとつと
必要なだけ加えていく。


私は、たった一つのことを
思いつづけることができなかったんです。
できていないということも、
わかることができなかったくらいです。

師匠に「首は?」と聞かれ、
『そんなこと当たり前ですよ、思い続けてますよ』
と内心思っていましたが、首は固まっていた。
忘れていた証拠です。

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