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ピラミッド、下から登るか?上から降りるか?ーある偉大なクリエイティブとの邂逅ー

 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。仕事始めの前に、どうしても書いておきたいことがあり、久しぶりにPCを開いています。退職エントリ以降はじめて筆をとりますが、PRにはほとんど触れません。今回はもう少し私的なこと。2019年の抱負を語る前に共有しておきたい衝撃についてです。

2018年12月上旬、ぼくは上海にいました。編集者2人、イベントプロデューサー、校閲者兼書店オーナー、某IT企業の広告事業担当者、フリーランスPRの自分。メンバーは編集とイベントの会社・ツドイとそこに集う人たちです。

 なぜ師走に上海へ?そりゃあ、くるりが歌うように「上海蟹食べたい」と思ったし、豫園で本場の小籠包をつつきたかったのも確か。事実、どちらもしっかり食べましたしね。でも、この旅において一番の目的は『SLEEP NO MORE』に行くこと。信頼する同行者たちから「絶対に行った方がいい」という太鼓判を押され、迷うことなく飛行機のチケットをとりました。

 ツドイとそこに集う人たちは、ぼくにとって広義の“編集者”。常にぼくの知らない素敵なモノ・コト・ヒトに出会わせてくれるので、彼らが導く方向には自然と足が向くのです。というわけで今回の体験も期待は高まるばかり。

『SLEEP NO MORE』とは

 強引に要約すると、地上6階、地下1階からなる架空の廃ホテルThe McKittrick Hotelを舞台に展開される『マクベス』をベースにした物語に、仮面をかぶったアノニマス(見えざる者)として参加する体験型演劇です。現在はアメリカのNYと中国の上海のみでの展開中。ちなみに2016年には『The New York Times』紙面で「ニューヨーカーが選ぶ、今NYで最も価値ある$100の使い道」にも選出されたこともあるとか。

 劇中は携帯電話を使うことはおろか、仮面を取ることも言葉を発することも禁止。そのため、下記は公式画像と記憶をたよりに書いています。全体の特徴は正反対の概念のあいだを高速で往復させられることによる感覚のゆさぶり。その一端をネタバレにならない程度にお伝えします。

リニア(線型性)とノンリニア(非線型性)のあいだ

 「リニア」なコンテンツとは、映画のように初めから終わりまで一直線に連続した形で見られることを想定したもの。一方で「ノンリニア」なコンテンツとは、辞書のようにどこから見ても成り立つように断片化されてバラバラになっているもの。この違いにより、作り手・受け手のどちらが時間軸の裁量をもつかが決まります。

 通常は「リニア」or「ノンリニア」のどちらかで固定されるもの。しかし『SLEEP NO MORE』ではそのどちらも行き来することになります。全体を通じては「リニア」の連続したストーリーが展開されながら、登場人物たちは全部で100余りある各フロアの部屋に点在しながら演じます。つまり観客がどこを見るかを選ぶ「ノンリニア」な作品でもあるのです。全ての部屋で起こる出来事を追うことは物理的に不可能。ゆえに本劇は異なる登場人物・場面を観客が「編集」しながら展開されつつも、一つのストーリーに集約されていくのです。

アノニマス(匿名)と演者(記名)のあいだ

 先述したように、観客は仮面をかぶり「アノニマス」として振る舞う必要があります。ちなみに仮面はこんな感じ。

 加えて館内は全体的に暗いので、この仮面をかぶると知り合い同士で入館しても見失います。登場人物たちは基本的にアノニマスを無視。しかし、時に登場人物はアノニマスを演者側に引きずりこむこともあります。これは運よく選ばれた人のみの特権でありながら、その様子を目の当たりにした観客たちは混乱をきたすわけです。単なる目撃者でいられないことを悟ると、途端にストーリーへの没入感が増すのを感じました。

悲劇と喜劇のあいだ

 先述のとおり本劇はシェイクスピアの『マクベス』を下敷きにしているため、悲劇といえます(無教養な自分は熟知していませんが、それでも楽しめました)。しかしながら、劇中で展開されるダンスや芝居は喜劇の要素も多分に孕んでいました。ダンスのイメージはこんな感じ。

 他にも男女の艶かしいシーンなど、ラブストーリーの様相も。しかし、人生を象徴するように幸福と不幸が入り混じっているのが本作です。展開の早さや、あまりにショッキングなシーンの連続で、頭を鈍器で殴られたような感覚に。最後はグラグラしたまま劇場を後にしたのを覚えています。

心を動かしたいなら絶対に今すぐ行くべき

 ここまでご紹介した『SLEEP NO MORE』は、事前に上がりまくっていたハードルをいともたやすく飛び越えていきました。そして年が明けてもなお心が震えつづけています。この旅で自分の目標は明確に。高額なフィーを稼ぐことでも広告賞を獲ることでもなく、『SLEEP NO MORE』を超えるほど人の心を動かす仕事がしたいということ。

 ぼくはクリエイターへの畏敬の念もあり、自らを「クリエイティブ」と名乗らないようにしてきました。しかし今ならそれは逃げであったと思うのです。心を動かし、人びとの意識が変わり行動が変わること。PRをはじめ心を動かす企画には大なり小なりクリエイティビティが欠かせないのだと改めて思うところです。そんな企画に携わるひとは、あらゆる予定をキャンセルしてでも今すぐ『SLEEP NO MORE』に行くべきだと断言します。

クリエイティブは時にピラミッドを逆転させる

 上の図はPR業界であまりに有名なピラミッドです。まずパブリシティ(メディア露出)で注目を集め、次にパーセプションチェンジ(意識変容)を起こし、最終的にはビヘイビアチェンジ(行動変容)を起こすというもの。たしかに王道はこの順序でしょうが、『SLEEP NO MORE』の体験により必ずしも下から登らなくてもいいのではないかという仮説に至りました。

 自分に起こったことはむしろ逆で、圧倒的な体験の中で行動変容が起こり(というより、もたらされ)その次にクリエイティブに対する意識変容が起こり、結果的にこのnoteを書いてパブリシティを実行しています。つまり、ピラミッドの頂点にパラシュートで降り立った感覚。本当に人が動くときって案外こんな感じなのかもしれません。

 コミュニケーション業界でもOOH(交通広告や屋外広告)や参加型イベントが目立ってきているのも無関係ではないように思います。先に行動が変わると、自ずと意識が変わり、結果的に人に伝えたくなる。この心の動きをつくることがクリエイティビティなのだとしたら、きっと多くの人が携わっている仕事はクリエイティブと言っていいはず。

みんながスーパーパワーに目覚めたら

 2018年の終わりにこんな体験をしたこともあり、2019年の最初に手に取った一冊はこちらの『クリエイティブ・スーパーパワーズ』

・MAKER(つくる力)
・HACKER(ハックする力)
・TEACHER(学ぶ力)
・THIEF(パクる力)

 上記4つに分類された現代に必要なクリエイティブ力について、各分野の一流クリエイターたちが寄稿しているこの一冊は、実に年始にふさわしかった。全て読みきる自信がないという方は株式会社もり・原野 守弘さんの章だけでも読んでみてください。ちなみに原野さんは本著に関連した名noteを書かれているので、こちらもぜひ。

 『SLEEP NO MORE』を体験したり本著を読んでみんながスーパーパワーに目覚めたら、きっと世の中の閉塞感も吹き飛ばせると誇張なしに思います。そんな明るい予感をもたらしてくれたツドイのみなさんには改めて感謝。今年もツドっていきましょう。

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