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答えは私の中に。

つい先日
些細なことから
主人と
けんかになってしまいました。

その時の私は
仕事の忙しさに
飲み込まれるような
日々を送っていて。

ゆっくり休みたい…

私の心は
何度も
そう叫んでいました。

本当は
すぐに
その声に
従うべきでした。

私を大切にすべきでした。

それなのに、
私は自分で
それをしようとせずに
その役目を
主人に担ってしまったのです。

そう。
主人に
私を大切にしてもらおうと
思ってしまったのです。

それが
良くなかったのですね…。

当たり前と言えば
当たり前なのですが、
主人が
私が望んだ通りに
私を大切にしてくれる
はずはなくて…

ゆっくり休みたい…は
いつしか
少しは手伝って!
どうして私ばっかり!
に変わって…

主人に向けた怒りは
そのまま
私に跳ね返ってきました。

最初は
どうして分かってくれないの…
と主人を責める気持ちと
受け入れてもらえなかった悲しみで
いっぱいでした。

けれど
気持ちが落ち着くにつれ
『ゆっくり休みたい』
の奥にあった
大切なことに
気付いていきました。

それは
私の中に未だに残っていたもの。

自分を優先してしまったら
我が儘と思われるのではないか…

という怖れでした。

自分で自分を
大切に出来なかった私は
主人にそれを求め、
それが
叶わなかったことで
全てを
主人のせいに
してしまったのです。

でも本当は
全て私の問題。

私たちは
つながりあったひとつで。

相手を通して
自分を見ているに過ぎなくて。

あの時
私が主人に向けた
言葉や思いは
私が私に向けるべきものでした。

もっと私を大切にしてほしい…

実は
このけんかで
主人もまた
同じことを
私に求めていたことを
知りました。

答えは全て私の中にある…

改めて
そのことに気付いた私は
素直に主人に
あやまることが出来ました。


自分が望むものを
自分で自分に与えていく…
自分を満たしていく…

そうすることで
やがて
それは溢れ出し
周りを
そして
自分自身を
愛で満たしていく…

世界は
私そのもの。

幸せは
いつも私の中にある。

起こった出来事が
すぐには
受け入れ難いことで
あったとしても
そこから
何を受け取るか
何を見るかは
私に委ねられていて。

どんな時も
そこに私が
幸せを見出そうとするならば
辛く悲しい出来事さえも
愛に変えることが出来る。

大切な気付き、
学びに
変えていくことが出来る。

あの時
主人を通して
私が見ていたもの。

私を大切にしてほしい

それは
私が自分に対してすべきことで。
何よりも  
私が最優先すべきことでした。

相手は鏡。

鏡は時として
自分が見通せていないものを
こうして映し出し
気付かせてくれます。

もしもまた
悲しい出来事や
辛い出来事が
起こったとしても

きっと大丈夫…

どんな時も
私が在りたい自分でいる
それだけなのだから。

主人とのけんかが
また一つ
私を大きく成長させてくれました。




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