見出し画像

虫【怪談】

友人の両親が営む実家兼食堂で昼食を食べていると、突然、友人が右手で顔の近くを払う様な仕草をした。聞くと「虫がいたみたいだ」と言う。
翌週、昼食を食べている時にまた手で払う動きをしたが、その時友人の顔の近くには何もなかった為
「虫はいなかったよ」
と伝えると、半ば無意識にやっていたのか、友人はハッと驚いた後に深刻そうな顔をして

「……いや俺も最初は虫だと思ってたんだけど、最近違うって分かったんだ。馬鹿みたいだと思うだろうけど……誰かの右手みたいでさ、ほら、後ろから『だーれだ』ってするやつ。あんな感じでちょっとずつ見えてくるんだよ」

そう答えて顔を曇らせた。
その時は気のせいだと笑って別れたが、しきりに顔の右側を手で払っていたのが印象的だった。

二ヶ月が経ったある日、友人が食堂の手伝いをしていたが、手元が狂って熱した油が顔に掛かり大火傷を負ってしまった。右目は完全に潰れ、皮膚も広く爛れてしまった。
落ち着いた頃に見せてもらった傷跡が、何と無く手の形に見えたのは本人も分かっている様だった。失意の底に沈んでいる友人に対して上手い励ましの言葉が見つからず、面会の時間が来てしまった。

仕方なくさよならを言って立ち上がった瞬間、友人が顔の左側を手で払った。

勿論、そこに虫は飛んでいなかった。

この記事が参加している募集

ホラー小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?