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【インタビュー】都心に近い住宅街に息づく“緑の隠れ家”が歩んできた道のり(雑貨カフェTree-B・市川)

東京のベッドタウンの一つとして知られる千葉県市川市は、都心へのアクセスの良さ以外にも意外な魅力がある。それは、北部の「奥市川」と呼ばれるエリアに残された豊かな自然だ。

(じゅんさい池緑地公園)

この奥市川の中でも、全長約1.3㎞の遊歩道を持つ「じゅんさい池緑地公園」は、水辺でくつろぐ鳥たちを眺めながら、四季折々の風景を楽しめる。そして、この公園のほとりにある「雑貨カフェTree-B」は、約20年前から存在する知る人ぞ知る場所だ。

カフェのある建物は、ヨーロッパの小さな教会を思わせる三角屋根や縦に連なった小窓が洗練された印象を与える。そして、カフェスペースは緑あふれる住宅街の中にあって、カフェスペースは落ち着いた雰囲気を醸し出している。

(閑静な住宅街の中にある素敵な建物が目を引く)

店主の星淳子さんとは、とあるカフェで知り合ったのをきっかけにお店にお邪魔したのだが、一人でカフェに行くことが多い私(久我山タカヒロ)にとって、この店は豊かな時間が味わえる“隠れ家”的なスペースだ。

星さんは、もともと自分の店を持つつもりはなかったという。では、そんな彼女がなぜこのような空間を作り上げるに至ったのだろうか。今回話を伺った。

(店主の星淳子さん)

ゆったりとした時間が味わえる落ち着いた店内

「Tree-B」は自宅を兼ねた建物の2階にある。ちなみに、1階部分はガレージと建築士である夫・哲郎さんの事務所だ。

この建物は遠目には周囲の家々になじんでいるので、この場所にカフェがあるようにはとっても思えない。しかし、建物の前に近づくにつれ、その愛らしい外観が徐々にその姿をはっきりさせる。

板張りや味わい深いモルタルの外壁、コンクリートの塀の中からあふれんばかりに顔を出すつるモッコウバラ。そのどれもが訪れる人の心を躍らせる。

ガレージ横の階段を上ると、塀の奥にはどっしりとしたユーカリやシマトネリコをはじめとした緑いっぱいの小庭が控えている。そして、その奥にある建物がカフェスペースだ。

(緑あふれる小庭)

店内はカウンター席が7席のみ。そこには星さんが集めた雑貨が丁寧に並べられていて、非常にこじんまりしている。また、ゆったりとしたリズムのトイピアノのBGMと大きな窓から入ってくる柔らかな自然光もあいまって、時間の流れがゆるやかに感じられる。

(緑に向き合うこじんまりした店内)

また、オープン当初から提供し続けているコーヒー「B-ブレンド」は、エチオピアの「イルガチョフG1」(※「G1」とは最高等級のこと)をはじめとした5種類の豆がブレンドされていて、コクと酸味のバランスが絶妙だ。そのおかげか、星さん手作りの「奥市川ちーずケーキ」によく合う。

さらに、店ではコーヒー以外にも、有機栽培で一つ一つ手摘みされたハーブを使った「草花茶」や星さんの地元・大分から仕入れた「由布院ゆずティー」も味わえる。

店を開くきっかけとなった思いがけない出来事

「もともと自分の店を持ちたいという気持ちはありませんでした」

星さんは意外な事実を切り出しつつ、「Tree-B」を開くことになった経緯を口にしてくれた。彼女がこの店をオープンしたのは2005年7月。雑貨屋として開業した数か月後に、カフェの営業を始めた。

といっても、今の建物は2010年に新築したもの。店を開いた2005年当時は、買い取った築40年の古家を改装して使用していた。そして、この古家の購入が開業のきっかけだったという。

(古家時代の雑貨スペース)

幼い頃から雑貨集めが趣味だった彼女は、2児の子育てが落ち着いてきた40代でトールペイントに興じたのをきっかけに、ご近所仲間と手作りの雑貨を売るようになった。

ただ、この時は近所で借りた農園の一角や、自宅のマンションの一部を使って不定期に販売を行う程度だった。

(1日に170人が訪れることもあった自宅マンションでの雑貨販売)

そんな中、当時じゅんさい池緑地公園近くのマンションに住んでいた星夫妻は、近所にあったこの古家が売りに出されたのを知った。そして、その買い手がつかない様子を夫婦で見守るうちに、この物件に魅力を感じようになり、購入を決意した。

「建物がかなり古かったのですぐには買う気がなかったのですが、緑地に面していることもあり、だんだん素敵に思えて。購入してしばらくは家を取り壊さずに、主人が仕事場として使ってみることになりました。それなら、私も、作家さんから手作りの雑貨などを預かって販売してみようと思って。もしすぐに取り壊していたら、お店は開いていなかったと思います」

オープンから数か月後。より多くのお客様に店に来てもらいたい、と考えるようになった彼女はカフェの営業を始めた。

“雑貨の店”を一変させた「ちーずケーキ」の誕生

「Tree-B」のメニューのメインは自家製の「奥市川ちーずケーキ」。モッツアレラチーズを使うことで、コーヒーに合うマイルドな甘さに仕上がっている。

実は、この「ちーずケーキ」はカフェを開いたあとに手がけたメニューだ。カフェを始める前、星さんは自宅でケーキを作るのにキットを使っていたほど。以前は、自分の店でお手製のケーキを出すなんて考えられなかったという。

(「奥市川ちーずケーキ」)

このケーキが生まれたのは、お気に入りのケーキ屋から仕入れを断られたことが始まり。一からケーキの開発を余儀なくされた星さんは、試行錯誤の末、自分が納得できる味を作り上げた。この時の記憶を懐かしみながら、彼女はこう振り返る。

「レシピ本をもとに、実際に自分で作ってみる中で、チーズを足してみたりといろいろ試しました。お店で出し始めた時は、ケーキが余ってしまう日もあって、残った分を家族でよく食べていてました。最初は『美味しい』って言って食べてくれたんですけど、段々飽きられてしまって。でも、冷凍して次の週に出すのは絶対に嫌でした。そのうち売れ残ることがなくなり、今ではよほどのことがないかぎり完売しています。感謝の日々です」

「ちーずケーキ」は、いつしか店の定番と化した。そして、開業当初は雑貨の販売メインだったものの、これにより今ではカフェ利用が店の中心になっている。

ところで、このカフェの魅力はやはり、ゆったりとした時間を味わえる空間にある。そのような空間にあって、星さんは定期的に展示スペースの配置換えを行っている。そこには、初めて来るお客様と常連客の双方に、この場所を楽しんでもらえるようにという心遣いがある。

(見る者を楽しませてくれる雑貨たち)

実際私が訪ねた時にも、注文を待っていた常連の母娘が配置換えに気づいたのをきっかけに、新しく入荷した雑貨を眺めては会話を弾ませていた。

星さんとの会話の中で、何度も口にしていたのが「せっかくお客様が来てくれるのだから」という言葉。この想いは、展示のみならず、ケーキやコーヒーを出す器選びにも表れている。

「自分が選んでいいなと思った器だったら、値段に関係なく惜しみなく使いますね。『割れるともったいない』と思う値段のものでも、それでケーキを出しちゃう。そうすると見ているお客様も分かるのか『素敵な器ですね』って言ってくださることもあります。そういう時は、やはりうれしいです」

(星さんがこだわって集めた器たち)

これからもお客様がくつろげる空間でありたい

「Tree-B」の面白いところは週3日しか営業していないことだ。それに、1月と8月はそれぞれ丸1カ月店を閉める。

週3日の営業とはいえ、雑貨の仕入れや作家との連絡、庭の木花の手入れなどを必要な準備を含めると、星さんは週5日を店の作業に充てなければならないという。そんな中、この休暇は、彼女が長く店を続ける中で大きな意味を持ってきた。

「店の準備に加え、家のこともあると、結構あっという間に1週間が過ぎてしまいます。そこで、店を休んでじっくり『やりたいこと』をやれる時間が、お客様が少ない1月と8月にあってもいいのかなと思って。毎日ぎちぎちの状態でやっていると、自然体でいられなくなってしまうので」

この「やりたいこと」とは、星さんがライフワークと位置付けているワイヤークラフトのことである。

(星さんの作品『紫陽花の装い』)

17年前にある雑誌で作品を見て憧れて以来、これまで手がけた作品は、カゴやラックのような日用品からオブジェまで実に様々。作品展への出品などこれまで生み出した作品の数は今や数えきれない。

図面を引かず頭の中で描いた作品のイメージに、ワイヤーで形を与えていく。それは、星さんにとって時間を忘れて没頭できる、本来の自分を取り戻すための時間なのだ。

(星さんの作品はお店で購入できる)

カフェを辞めて、ワイヤークラフトだけで生活するという考えはなかったのか。彼女はこの質問に対して、笑いながら言葉を返した。

「長年やってきて、今までせっかく楽しくコミュニケーションできていたお客様が来られなくなると、やっぱり寂しくなってしまいますよ。それに、初めてのお客様でも、一人で窓の外にある緑を見てゆっくりされているのを見るのもうれしいですし。私は結構おしゃべりなのですが、『ここはそっとしておこう』って思ったり。なので、今のカフェのスタイルを変えることはないですかね」

緑地側のカウンター席からは、公園への階段とともに星さんが植えた花々を愛でることができる。2月のこの日は咲いていたのはパンジーとビオラだけだったが、新しい季節にはカフェバラやアジサイ、マメザクラなども見られる。

(陶器の家を飾って「森の住宅街」をイメージしている公園側の植え込み)

今年、長男に続き長女も一人暮らしを始め、星夫妻のもとを離れた。夫婦2人だけの新しい生活を迎え、店の今後を語る星さんの目は輝きに満ちていた。

「自分が動けるまではこの形でやって、年取ったら変な話、羊羹と緑茶のセットとかでもいいかなと想像したりしています。あと、あくまでアイディアの一つですが、お客様に番号札を渡して、番号が呼ばれたら取りに来ていただくというのもいいかもしれない。いずれにせよ、お客様がこの緑の中でくつろげる空間であり続けたいです」

四季ごとに違った表情を見せる庭の自然とともに、これからこの店がどのように変化をたどっていくのか楽しみにしたい。

(お店情報)雑貨カフェTree-B

・住所 〒272-0827 千葉県市川市国府台6丁目14−3
・最寄駅 北総鉄道北総線矢切駅 徒歩8分
・営業時間 毎週木曜〜土曜 13時〜18時
(※上記情報は投稿日時点。最新情報は下記インスタグラムのページをご覧ください!)

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