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心のささくれと絆創膏

ささくれができてるなと気づいたのは、会社の朝礼をリモートで終えた朝の車の中の出来事であった。

私の左の親指の爪の左側にできたささくれは、皮が少しむけていて、右手の親指で何回かなでるとひっかかる感触がある。

ひらひらした私の皮膚の一部。

このひらひらをむいてしまうと、いつもの通り赤い血がにじんでくるのだろう。

ぎりぎりのライン。

ひっかかりは違和感。

そのままひっかかりを放置して皮膚の再生を待つのか。

それともひっぺがして、血が滲んで傷ついても、ひっかかりをなくしてしまう方がいいのか。

前日、とある出来事があって私は少し落ち込んでいた。私は自分の精神的な余白をたまに気にしていることがある。
今日はあまり色々なものを受け止める余白がないなとは、思っていた。

思っていた、というか、思った。

思った場所はやはり車内。
午前中の仕事を半日終えて、私は朝自分が握ったわかめおにぎりを運転席で頬張りながら、自分の行動や思考を振り返っていた。

朝一の利用者さん。

彼女は快活なタイプで情があって人に親切な性格である。

先週「何ヶ月か前に生協をはじめて、とても便利でいいのよ」という話をされた。

私は彼女が身体的な状況から買い物に行けないことを知っていたので、それを解消するいい方法が見つかってよかったなと安心しながらお話を伺っていた。

しかし、彼女の話はそこで終わらず、私にそのサービスを使うように勧めてきた。
「あなたは仕事が忙しいから便利だと思うよ」
「値段もそんなに安くないし」
「何より色々な食材があるし、おいしいのよ」

私はやんわりと自分は利用しないことを伝えて断ったつもりだったが

今朝訪れてみると、そのカタログが机の上に置いてあった。カタログは私を待ち構えていた。

ううむ、どうしたものか。

彼女は予想通り、私がこれを利用するとどんなに得があって、便利で、いいものかと、先週と同じ内容を話し始めた。

私は、心がざわつき

それを表面上は出さないように懸命に努めて、これがどんなにすばらしくて、いいもので、あなたにとってはいいサービスであることは理解したということ、心底良かったなと思っていること、そして私は今は利用する意思がないことをあらためてお伝えした。

彼女は少しさみしそうな顔をしていた。

私はとっさに親指のささくれを確認した。

思わずひっぺがしたい衝動に駆られたが、やめた。


そのあと私の義理の母のところへ向かった。

彼女も訪問リハを受けている。予定の時間より5分ほど早いが玄関をあがった。

「あのね、○○ちゃんだけども」

私の息子の話を始めた。

「髪の毛を切りに床屋へ連れて行きたいと思って」


は?


「今週の土曜日に子ども支援団体のお祭りがあるでしょ」

「その時に髪の毛をきれいにしておいた方がいいと思って」

息子の前髪が少し長くなっているなと、前日の夕飯時に少し感じたのは事実である。けれどもそれは、私が前髪を自宅で切ればいいだけで、後ろ髪はまだそれほど…..美容院に行くほどの長さではない。

そんなに頻回に美容院へ行くお金もないし、フルタイムの仕事をしているので時間もない。

適切な長さになったら行こうとは思ってはいる。

何もぼさぼさの状態で放置しているわけでもない。

この人は、以前夫の甥っ子の前髪を勝手にカットして、義理のお姉さんに怒られたことを覚えていないのか。

まだ、こうやって聞いてきてくれるだけいいのだろうか。

義理の母の親切心は、私の心をかき乱す。

帰り際に「掃除機ってお宅は1台しかないの?」と聞かれ、そうであると答えた。すると
「うちも1台しかなくて本当は1階と2階に1台ずつあった方がいいと思って、買ったのよ」
「この古い掃除機をお宅にあげるから今持っていって」

と言われた。

え?

「すみません。うちは1台で充分です」

と答えると、義理の母はまた驚いたような顔をした。

「なんで?」

なんでって……というか、持っていくの前提なんだな、と思いながら、なぜうちに2台は必要ないのかを説明した。

収納がないこと。
まだ私はお義母さんより若いので、掃除機を持って階段を移動するのが苦ではないこと。

説明しても、納得したような顔はしておらず、やはりどこかがっかりしたような表情をしていた。


おにぎりを食べ終えて、親指のささくれにふれる。

私は私の中に私だけの空間があって。

そこは自分で自分のことを選択していい空間になっている。

それ以外はある程度折り合いをつけて、妥協しながら考えたいとは思っているし、選択したいと思っている。私もなるべく融通をきかせたいし、相手がそれを望むなら、私はそこに合わせてもいいと思っている。

でもその限られた空間だけは

小さな小さな私の安全地帯だけは

守りたいと思っている。

正直、私はそこに他者が入り込んでくることがこわい。

なんで、あなたに私の選択権を全てとられなきゃいけないの。

そしてそれに従わない私、あなたの期待に応えられない私は

そんなにがっかりされるような存在なんだろうか。

「ありがとうの強要」がこわい。

私がこれだけしてあげているのに

こんなに気にしているんだから

あなたはそれを受け取って

私に感謝を述べなさいという想いが

私の身体や心を冷やす。


そしてそんな自分に気づく時

私自身の空白の余地のなさに気づいた時に

また私はかなしみを抱く。

とてもちっぽけで他者を傷つけている自分にたまらなく嫌気がさしてしまう。


私は全ての期待に応えられるような人間でもない。

あなたの気持ちに気持ちよく反応してあげることもできない。

ちっぽけな冷たい人間なのだ。

ささくれはひっかかりを私に教える。


ひっかかりはそのまま放置するのか。
ひっぺがしてしまうのか。


悩んだ末に、私は私の絆創膏を貼る事にした。

コンビニでいい本を買った。

これを読んで、行きたい喫茶店に行こう!

そう決意した私は、帰宅後夫にも見せて「一緒に喫茶しよーぜ!」と誘った。夫は「うんいいよ行こう」と約束してくれた。

そしてこんなものも買った。

レジ前で¥300で安売りしてた
これを
こうして
完成!


スプラトゥーンが好きな娘にも買ってあげた。ロッカーはピンクだった。
「かわいい!かわいい!ありがとう。すごく嬉しい」と言いながら部屋に飾ったようだ。

ふふふ、迷った時は絆創膏だ。

私はこれで今日もなんとかやっていける。

ささくれは目立たなくなり、きっとひっかかりも感じなくなる。

生きているとままならないことがたくさんある。

余白がないと、普段は気にならないことばや言動で心が沈んだり傷ついたりするのだけれども、絆創膏をぴっと貼って、明日に進んでいくしかないのだ。

そして解決も放置も、今はまだ決めなくてもいい。

そうやって自分を時にはだましながら、自分の人生を私なりに楽しめることを

私はいつでも願っているのだ。

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