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仙の道 10

第五章・流(1)


病院の事務長は快く戸枝の相談に応えてくれただけでなく、2人が当分の間身を隠さなければならない事情を知ると、主治医と相談して、特別に昌美との面会を手配してくれた。

昌美は少し健康を取り戻した様子で、病院の応接ロビーで2人を待っていた。
2人がロビーに入って来るのを見付けると、優しそうな笑顔で迎えた。
「礼くん…戸枝さん…」
「お母さん、どう?」
「お医者さんはね、順調ですって。もうあたし、お酒全然飲んでないのよ」
「あ、奥さん、少しふっくらしてきましたね」
「戸枝さん…お久しぶり。本当に、いろいろ有り難う。嫌だわあ…あたし、少し太ったかしら?最近ご飯がね、美味しいのよねえ…」
「顔色もいいですよ。奥さん、前よりずっと美人になられたじゃないですか」
「あはは…嫌あねえ。相変わらずよねえ、戸枝さんは…」
「早く元気になって、また一緒にご飯食べましょうよ。っていうかさ、俺、奥さんの手料理、また食いてえなあ…」
「戸枝さん、そればっか言ってんだよ。よっぽど気に入ったんだね…俺は普通だと思うんだけどなあ…」
「そりゃあ、礼司くんは子供の頃から食ってんだから、普通だろうけどさ、奥さんの料理は、旨いよ!旨いって言うか…なんか、それ以上なんだよなあ…いや、本当、お世辞じゃないですよ。俺、保証しますって…だから早く良くなって、御馳走して下さいよ、ね。俺本当に楽しみにしてますから…」
「分かったわ。じゃ、戸枝さんの為に、頑張って元気にならなきゃだわね」
「でもさ、良かったな。今日、面会できて…お袋さんと会えてさ」
「うん…」
「俺、ちょっと飲物でも買ってくるわ。奥さん、ジュースでいい?」
「あら、すいません…」

戸枝が席を外し、ロビーには礼司と昌美だけが残された。
「お母さん…実はさ、俺ちょっと引っ越さなきゃなんなくなっちゃったんだ…」
「あら、そうなの?」
「うん…戸枝さんとね、何か新しいこと始めようかと思って…暫く横浜離れることにしたんだ。戸枝さんね、今までの仕事やめたんだよ」
「あのお仕事は、戸枝さんには向いてないわよ。あたしもその方がいいと思うわ。でも…ああいうお仕事って、なかなか辞め難いんじゃないの?戸枝さん、部長さんだったでしょ?」
「うん、まあね…それでいろいろあって、暫く遠くに離れなきゃなんだよ。…実は、戸枝さんの最後の仕事、ちょっと大変な仕事でさ…それ、僕も少し手伝ったんだ。で、僕も戸枝さんと一緒に行くことになってさ…いや、最初からそのつもりだったんだけど…」礼司は昌美になるべく不安を与えずに、現状を説明しようとしたが、虫のいい試みだった。

「……大丈夫なの?危ないことはないの?」
「それは…大丈夫だと思うけど…」
「礼くん…」
「何?」
「あなたが、しっかり戸枝さんを守ってあげなきゃ駄目よ。そういうことは、あなたは得意でしょ?」
「え?お母さん…知ってるの?」
「そりゃあ、知ってるわよ。親だもん…お父さんだって、知ってるわよ。あなたは小さい時から大人しかったけど、人から乱暴されると、必ず凄いことになっちゃうんだから…」

昌美は礼司の不思議な力のことを、実は以前からとっくに知っていたのだ。考えてみれば、礼司の成長をずっと傍で見守っていた母親なのだから、当たり前の話だ…

「あたし、貴方がお腹の中にいた時から、何か変だなって思ってたのよ…ほら、あたし、うっかりじゃない。あっちこっちぶつけたりさ、熱いお湯出しっぱなしで触っちゃったり…だけどね、そういうことが無くなっちゃったの…一切…危ないことが全部遠ざかっちゃった感じで…あなたが小さい頃まで、そうだったのよ。でも…あたしもお父さんもはっきり気が付いたのは、貴方が幼稚園に通い始めてからかな…ちょっとお友だちに意地悪されたりするとさ…お友だちが怪我しちゃったりするのよ。幼稚園の先生も貴方はなんにもしてないっていうんだけどさ…何回目だったかな…覚えてない?暫く幼稚園お休みさせたの」
「いや…俺が覚えてるのは、小学校の時の事件だけだけど…」
「いろいろあったのよ。公園のすべり台のてっぺんから落っこちた子を貴方が助けたって言ってた子もいたわ…」

昌美は、子供の頃の礼司の身の回りで起こった様々な不思議な出来事を話し始めた…
乳幼児の頃から神に守られたように決して怪我をしなかったことはもとより、病気に感染することもなく、予防接種時に医者が何度試みても注射器が破損してしまうこともあった。
対外的なことだけではなかった。絶対に手の届かない所に置いておいたはずの、お気に入りの玩具をいつの間にか手にしていたこともあったし、ついうっかり目を離している間に、いつの間にか汚れたおむつの交換が行なわれていたこともあった。
外で遊ぶようになると、不思議な出来事はますます増えた。
よく遊びに連れてゆく公園の隣家に気の荒い大型の番犬が飼われていた。子供たちが近付くと必ず吠えて威嚇するのだが、何故か礼司には決して吠えなかった。ある日、礼司の姿が見えなくなり、昌美が慌てて近所を探し回ると、礼司はその犬と一緒に犬小屋の中ですやすやと昼寝をしていた。
野良猫でさえ礼司には平気で近付いたし、夏に蚊や虫に刺されることも皆無だった。
小学校に上がる頃から状況は少し変化した。相手に敵意がない場合に限って、礼司は暴力を受け入れるようになったようだった。ふざけ合って取っ組み合いに興じたり、ヒーローごっこで、玩具の武器で攻撃されても普通の子供の遊びを越える出来事は起きなかった。
しかし、相手が興奮し過ぎたり、悔しさのあまり本気で襲いかかった時には、礼司本人の意思に関わらず、必ず事件となってしまう。そのせいか、幼い礼司も自然といさかいが起こりそうな局面から身を遠ざけるようになっていった。

「あんまり不思議だから、お父さんも暫くは悩んでたけど、礼くんは、大きくなってもずっと大人しくて、優しい子だったから…多分、大丈夫だろうって…こんなこと、誰かに相談する訳にもいかないしねえ…」
「そうか…そうだったんだ…」
「そうそう、礼くん昨日お誕生日だったでしょ?おめでとう…ごめんね、何もお祝いしてあげられなくて…」
「いいよ、お母さんがお酒やめてくれてるだけで、充分だよ。ありがとう…」
「もう、20歳になったんだから、あんまり人を怪我させたりしちゃ駄目よ。でも、あなたは戸枝さんと一緒にいれば、きっと大丈夫。あの人は信頼できる人…あたし、何となく分かるんだ…」
「うん。分かった…」
「そうだ、それからね…あたし、この間、お父さんにお手紙出したの」
「え?そうなの?」
「お返事も来たのよ。佳奈が時々手紙をくれるって…でも、最近は、礼くんからは、連絡がないって。刑務官の方には家族の名前は全員伝えてあるって言ってたから、あなた、落ち着き先が決まったら連絡してあげてね。いい?」
「分かった。お母さん、お父さんが出てきたら、やり直す?お父さんは、お母さんは許してくれないだろうって言ってたけど…」
「そうね…どうせあたしもお父さんも、まだ暫く時間が掛かるんだし、ゆっくり連絡取り合いながら考えることにするわ」
「そうか…そうだね…」

戸枝が缶ジュースを抱えて戻ってきた。
「お待たせ…ここ、自販機遠くてさ、ずっとあっち…で、途中に喫煙所があったから、ちょこっと一服してきちゃった…はは…」
「本当に、戸枝さんって、いい人よねえ……」昌美が目を細めて笑った…


「成和の連中、俺とお前のこと、血眼になって探してるってよ」車を走らせながら、戸枝が言った。
「あ、さっき連絡したんですか?」
「ああ…取り敢えず、俺たちは、川越に隠れるからよ。そうだ、礼司くん、携帯の電源切っといてくれ。それ、もう使えねえから…川越着いたら、処分してもらうからよ」
「そうか…そんなやばいんだ…川越って…ゼンさんって人がいるとこですか?」
「おう、そうだよ。俺の親代わり…紹介するからな」
「僕らは、警察から指名手配されてたりするんですか?」
「いや、それはねえよ。そんなことしたら成和も身動きとれなくなっだろ?でも、いいか?俺たちは、警察よりずっとたちの悪い連中から追われるんだ。暫くはちょろちょろ外にも出られなくなるからな…ま、これから行くところに潜り込んでりゃ、取り敢えずは安全だ」
「川越に行くんだったら…僕、一度お父さんに面会に行きたいんですけど…」
「それは…やめといた方がいいな。俺たちの世界はよ、あっちこっちに情報網があるからさ、警察や刑務所もツーカーなんだよ。礼司くんは、全くの素人さんだから、相手も調べるには時間が掛かるだろうけど、一応めんは割れてるからな…」
「母や、姉は…大丈夫なんですか?」
「まあ暫くは、大丈夫だろう…張り込まれる可能性はあるけど、こっちから会いに行かなきゃ、大丈夫だよ。ま、その辺のことも、向こうに着いたらゆっくり相談しよう」
「はい…分かりました…」
「ここまで来たら、あんまり心配したって始まんねえよ」
「そうですよね…」


車は山中湖、河口湖を抜けて、八王子の山間部から埼玉県に入った。
川越の市街を抜け、目指す隠れ家は秩父山景を間近に見る郊外の飯場だった。
見る限り、周囲には何もなかった。広い敷地には2棟の木造の寮舎とバラックの社屋が建つだけ…その社屋には『丸浅土木』と書かれていた。

寮舎の脇の駐車場らしき空き地で、平日だというのにのんびりキャッチボールに興じている従業員が2人いた。戸枝はその近くに車を停めた。

「礼司くん、ここだ。今日からここが俺たちのねぐらだ。降りようぜ」
「あ、はい…」礼司はリュックを抱えて、車から降りた。真っ青に晴れ渡った空に、濃い緑の山景が礼司を見下ろしていた。

「おーいっ!戸枝くーんっ!」キャッチボールをしていた内の一人が礼司たちの到着を見付けて、駆け寄ってきた。作業ズボンに赤いチェックのネルシャツ姿の男は日焼けした顔から白い歯を覗かせ、満面の笑みを浮かべて近付いてきた。男の表情をよく見ると、礼司はどこか、見覚えがある顔のような気がした。

「なんだ先生、今日は休みなんですか?」戸枝が親しそうに話しかける。
「ああ、今日はあぶれ組なんだよ…久し振りに戸枝くんが来るって話だからさ、楽しみに待ってたんだ。君も暫くここにいるんだろ?いやあ、社長から聞いて、無茶するんじゃないかと思って心配したけど、無事そうじゃない。良かった良かった!社長、首長くして待ってるよ」
「あ、…荒木さん…荒木さんでしょ?……」すっかり印象が変わってしまっていたが、間違いなかった…姿を消した父の友人で弁護士の荒木だった。
「え?…もしかして…礼司くん?」
「何だよ…礼司くんと先生、知り合い?」
「知ってるも何も…彼は、ほら、僕の友人で例の事件の依頼主の息子さんだよ」
「え?じゃ…あの事件の…」
「ああ…でも、何で礼司くんが戸枝くんと一緒なの?」
「何で、荒木さんがここに居るんですか?」


話の経緯はこうだった。荒木はかつて、浅川組長の息子和夫が起こした傷害事件の弁護を引き受けたことがあり、それ以来浅川組や中川の会社から度々仕事の相談を受けることがあった。最近になって、和夫は、縄張り抗争の手を執拗に緩めない成和会の動向を探るうちに、成和会が荒木を暗殺しようとしていることを知る。直ちに和夫は戸枝と相談し、荒木の身を安全な場所に匿うように計らったのだ。
では、何故成和会は荒木の命を狙うのか…その理由は荒木が進めていた事件の調査に関わりがあることは明らかだった。以来数ヶ月、荒木は土木作業員として偽名を名乗り、この飯場で暮らしてる。

荒木、浅川組、戸枝…三者の関係を全く知らなかった礼司にとって、ここに荒木がいたことはまさに青天の霹靂へきれきだった。
そういえば、戸枝とは父の隆司の横領事件について詳しい話をしたことはなかった。荒木にとっても、礼司と戸枝の関係は意外だった。戸枝にその経緯を聞いた荒木は、不思議な因縁に驚きを隠し切れない様子だった。


「それにしてもトエちゃん、よく無事で来られたよねえ…兄貴の顔立ててくれて…この通り、お世話になりました!」プレハブの事務所で2人を迎えた飯場の社長が戸枝に深々と頭を下げた。
ここの社長浅川雄次はあの浅川組の組長・浅川英一の弟だった。丸浅土木は、市内の土木工事の下請け会社。日々進められる道路整備や整地などの公共工事に応じて職人や労働者を手配し送り出している。元来工事ごとに入れ替わる労働者の身元確認は業者任せなので、偽名で現場に潜り込ませても誰も気にする者はいない。雄次は様々な事情で裏の社会から逃れてきた者たちをここに匿っている。ここはまさに、裏社会からの死角。言わば失踪者たちの溜まり場である。

「いや…まあ、運も良くて…ここにいる春田くんの助けもあって…それより、俺が巻き込んじゃったんで、彼のことも、暫く宜しくお願いします」戸枝は礼司についての詳しい説明は避けていた。それは組長の英一も同じだった。多分、この世界では、理解を超えることについては必要以上を語らず、そのまま受け入れる習慣になっているのかも知れない…礼司はそう理解するようにしている。礼司にとってもその方が好都合だったからだ。

「あ?ああ…春田さんのことは、兄貴から聞いてるよ。世話んなったって言うから、どんなごっつい奴が来るのかと思ってたけど、普通のお兄さんだから、ちょっとびっくりしちゃったよ。まあ、ここに居れば安全だから、暫くはトエちゃんと一緒に居ればいいよ。先生とも知り合いみたいだし、丁度良かったじゃねえか」
「宜しくお願いします…」礼司は頭を下げた。
「ところで…ゼンさんは?」戸枝が辺りを見回しながら訊ねた。
「ああ、それがさ、一昨日、急に出てっちゃったんだよ」
「出てったって?」
「何でも、急にやらなきゃなんないことが出来たって…」
「え?何処に行ったんすか?」
「さあ…?善蔵さん、いつも詳しいこと、話してくれないからさ…トエちゃんが来るから、もう少し後にすればいいのにって言ったんだけど…どうせイサオは暫く身動きとれないんだろうって…ま、またそのうちひょっこり帰って来るよ」
「そうか…久し振りに会えると思ったのになあ…礼司くんにも会わせたかったし…」
「ま、善蔵さんの不思議は今に始まったことじゃねえからな」
「善蔵さんって、僕も会いたかったな」礼司は戸枝から聞いていた『ゼンさん』像をあれこれ空想していて、実際に会える日を楽しみにしていたのだ。

「でも…善蔵さんって…浅川さんたちとも知合いなんですか?僕らと同じで、あの、ここに隠れてなきゃいけない理由があるんですか?」礼司の質問に、社長の雄次が善蔵についての詳しい話をしてくれた。

戸枝の親代わり『ゼンさん』こと神谷善蔵は6年前からこの飯場で生活をしていた。
両親を失って天涯孤独だった戸枝が高校卒業後なかなか就職先を見付けられず、自暴自棄になりかかっていた時、浅川組長を介して現在の会社に就職させたのは善蔵だった。浅川組と善蔵との関わりはそれよりずっと以前からのことらしく、飯場の社長の雄次も物心ついた頃から父親と親しく付合う善蔵のことを良く覚えているそうだ。子供の頃は英一も雄次も、善蔵はいつもやってくる親戚のやさしいお爺さんなのだと思い込んでいたが、ある時、身なりも見窄らしく明らかに定職も持っていない様子の善蔵のことを「ゼンさんって、貧乏臭いし、汚いし、何だかみっともないよね…」とふと漏らした雄次の発言を、父親から厳しく叱責されたことがあった。
「馬鹿もん!善蔵さんはな、お前みたいな普通の人間が考えもつかないような凄い仕事をなさってるんだ!俺たちとは住む世界が違うんだぞっ!この罰当たりが…二度とそんな無礼な口をきいてみろ、この家から叩き出すぞっ!」
突然の父の逆上に目を潤ませた雄次だったが、以来この老人は想像を超えて尊敬に値するとてつもなく立派な人物であることを思い知らされたのだった。その理由を問うことすら不遜な気がして、兄弟共々そのまま鵜呑みにするしかなかった。当の善蔵は「まあまあ、子供の言うことにそんなに目くじらを立てなさんな」といつものように優しげな微笑みを浮かべるだけだった。

ただし、いつだったか、父親が晩酌の時に同席した組の若い衆にこんなことを話していたのを兄弟はよく覚えている。
「うちの組が明治以来ずっと続いてこられたのは、善蔵さんのお導きがあったからだ。震災も戦災も善蔵さんがいてくれたから切り抜けることが出来たんだぞ。いいか、この組にはな、俺たちには見当もつかねえ大きな役目があるんだ。組をしっかり守っていりゃあ、肝心なことは善蔵さんがちゃあんと導いてくださるから安心しろ。言っとくけど、善蔵さんが守ってるのは俺やお前たちじゃねえぞ。この組でもねえ。世の中だ。善蔵さんが守る世の中の為にうちの組は一役買わせて頂いてるってことだ。どうだ、裏の稼業の俺たちが世の中を支えてるんだぞ。小気味良いと思わねえか?だから、あの方にはくれぐれも粗相のねえようにしてくれよ。分かったな」

今の組長の浅川英一や弟の雄次が善蔵について聞かされていることはそれで全てのようだった。先代は英一が25の歳に暴力団同士の抗争により命を落としたが、英一が組の跡を継ぐに当たり、相手方の関西系暴力団との手打を仲介したのは善蔵だったらしい。どういった交渉があったのかは善藏以外知るものはいないが、以降は小競り合いすら無くなり、相手が一方的に浅川組の縄張りから手を引いたのは明らかだった。
善藏は「下らん争いで大切な命を捨てるなと言っておいた」と英一に一言伝えただけだった。

その後、善蔵は暫く浅川組に顔を見せなくなった。どうやら戸枝の前に善蔵が現われたのはその頃だったらしい。弟の雄次はやくざの道を嫌い、今の土木業に専念する傍ら兄の助力となり、隠れ場所を提供している。

善蔵が浅川兄弟の前に再び姿を現したのは、成人した戸枝を連れて英一の元を訪ねた時だった。しかし、戸枝の身の置き場所が中川の会社に決まると、善蔵は再び姿を消してしまったのだ。そして6年前、またひょっこり雄次の飯場を訪れると「暫くここで厄介になっていいか」と頼まれた。雄次が「こんなところで良ければ」と受け入れると、そのまま飯場の労働者として住み着いてしまった。

「一体何の為にここに居るのか」訊ねると、善蔵は「ある人を待たなきゃならんのだ」と言った。それが誰なのかは善藏自身も知らないようだった。ただ、その人物がいつか近い将来必ずここにやってくるという確信はあるらしい。

「そういうこともあるからさ、必ずここに戻ってくる筈だぜ。何たって不思議な爺さんなんだよ。ま、春田さんも会ってみれば分かるよ」雄次にそう言われると、礼司の『ゼンさん』に対する興味はますます強くなってゆくのだった。

第11話につづく…

第1話から読む...


連載小説『仙の道』では表紙イラストを、毎回一点イラストレーターであり絵本作家のカワツナツコさんに描き下ろして頂いています。

カワツナツコさんの作品・Profileは…
https://www.natsukokawatsu.com





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