ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記24

「イクトさん。本当に私がこの二階を使ってもいいんでしょうか」

「……そうだね。そろそろアイリスにはちゃんと話しておいた方が良いかな」

「?」

アイリスの言葉にイクトが考え深げな顔で呟く。その言葉に彼女は不思議そうに首をひねった。

「前に写真を見たって言っていただろう。この写真に写っている少年は俺だよ。たしかここに引き取られてばかりの頃だったから17歳だったかな」

「ここに引き取られたって……どういうことですか?」

写真立てを手に取り語りだした彼の言葉に彼女は驚いて尋ねる。

「俺は孤児だったんだ。父の顔も母の顔も知らずずっと孤児院で育った。そんな俺を先代が引き取ってくれてここの養子になったんだ。そして本当の家族のように優しく接してくれた。今の俺があるのは先代が優しく教え導いてくれたからなんだ」

「イクトさんが……そう、だったんですね。私も母の顔は知らないんです。生まれた時に病気で亡くなったって聞いて。そこから父が男手一つで育ててくれたんですが、私が10歳の時に事故で亡くなって。そこからは母の妹さんの家で育てられました」

悲しげな眼差しで過去の事を語るイクトの言葉にアイリスも自分の身の上話を口に出す。

「そうか。アルバートさんが……君も苦労してきたんだね」

「!?どうして父の名前を知ってるんですか」

イクトがさらに悲しそうな顔で言った言葉にアイリスは驚いて彼の顔を見詰めた。

「いいかいアイリス落ち着いてよく聞いてくれ。……アルバートさんは先代の息子さんなんだ。だが彼は夢を追いかけこの国を出ていってしまった。そして異国の地で君のお母さんと出会い結婚した。そしてその時先代は一緒に住まないかと誘われたそうだが、お店にくるお客様を見捨ててまでこの国を出てはいけないと。この地にとどまることを決めたんだ。だけど本当は行きたかったんだと思う。俺に気を使ってくれていたのだと今ならそう思うよ」

「イクトさん……それじゃあ先代が私のおばあちゃんなんですか。それならおじいさんは?」

イクトの話に納得すると写真に写っていた若い男性の姿を思い出し尋ねる。

「先代の旦那さんは結婚してすぐにはやり病にかかりなくなったそうだ。その時先代のお腹にはアルバートさんがいて。あの人は一人で子供を育てる覚悟をしたそうだ。もともとこの仕立て屋アイリスの店を始めたのも旦那さんだったらしい。夫の残した店を守りたいと先代が後を継いだんだよ」

「そう、だったんですね」

彼から聞かされた言葉におじいさんは早くに亡くなっていたことを知り悲しみに顔を俯かせた。

「先代が亡くなり俺が後を継いでから俺は君と出会った。一目でアルバートさんの娘さんだと分かったよ。君は彼の面影があるから……だから先代の忘れ形見であるアルバートさんの娘さんである君を立派なお針子に育て上げることが俺の務めだと思ったんだ」

「イクトさん……」

優しい瞳で見つめながら話すイクトの言葉にアイリスも彼へと視線を戻す。

「アイリス。君はこのお店に来てからたった半年で驚くほど成長をとげた。もう俺が君に教えてあげられる事がないくらいにね。先代から頂いたものすべてを君に返す時が来たと思っている。このお店はお孫さんであるアイリスが受け継ぐべきだ。だから俺はこのお店を君に還そうと思っている」

「イクトさん……まさかここを出ていくつもりなんですか?」

穏やかな口調で語られた言葉に彼女は以前覚えた不安が蘇り暗い表情で問いかける。

「……初めのうちはそう思っていたよ。君を立派なお針子に育て上げ、先代から受け継いだ技も心もお店も何もかもすべてを君に還したらここを出ていこうと。だけど君の不安そうな瞳を見て心が揺らいだ。こんなに頼りない君を一人だけ残してこのお店を出ていっていいのか考えて、君を悲しませてまで俺は出てはいけないよ。例え血の繋がりがなくても俺にとってアイリスは大事な家族だからね」

「イクトさん……」

考え込むように数拍黙ると苦笑してイクトは答えた。その言葉にアイリスは胸が一杯になって涙がこぼれそうになる。

「だから、これからも君の側で一緒に仕立て屋アイリスの店員として働いていこうと思っているよ」

「よかった……」

笑顔でそう宣言してくれたことに彼女は安心して心からの言葉が零れた。

「アイリス。君にとっては突然の出来事で戸惑っただろう。だから今すぐ理解しろとは言わない。今まで通り先輩と後輩の関係で構わない。だけど今日だけわがままを聞いてもらえないかな」

「何ですか?」

真面目な顔で聞いてきたイクトの言葉の意味が解らずきょとんとした顔をする。

「俺の事を「おじさん」って呼んでもらえないかな」

「……おじさん。おじさんはずっと私の事を見守ってくれていて、いつも助けてくれていました。それなのに私おじさんの気持ちに全然気づいてなくて……ごめんなさい。でもおじさんがいてくれて私一人じゃないって。もう一人じゃないんだって……だから嬉しいんです」

「うん。アイリス……ありがとう」

そうお願いされたとたん今まで押し殺していた感情が溢れ出し涙を流しながら話すと笑顔を浮かべた。そんなアイリスへと彼は心からの感謝の言葉を述べ彼女の頭を優しく撫でた。

こうしてアイリスは先代がおばあさんでありイクトが叔父であるという真実を知らされお互いが大切な家族であることを理解する。

そうしてこの日はその温かな気持ちを胸にベッドへと横になり眠りについた。

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