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【創作小説】偏屈女貴族が美青年ドールを買う話【続くかも?】

※冒頭のみです。いつか続きを書きたい。
※ふるい読者の方は、以前書いたドール小説っぽいキャラと設定だな~と思うと思います。

 それは、遠く古びた未来の話。
 人々がほんの少し疲れてしまって、前へ進むのをやめてしまった時代。
 岩砂漠だらけになった世界には、昔みたいに『貴族』が生まれておりました。
 大災害の時に戦った人々の末裔である高貴なる貴族の方々は、砂漠に点在する都市国家を支配しておいでです。そして彼らのもっとも高尚なる趣味は、動くドールを持つことなのです。
 ドールはかつては戦争用に作られたそうですが、今日ではただ美しく装って貴族たちの傍らに添う、麗しき従者たちに他なりません。彼らは動く装飾品です。永遠に買われた主人のためにほほえみ続けるのがその宿命です。
 ただし、その宿命から逃れる道もただひとつだけありました。

 彼らは、恋をすると人間になるのです。


 1・あなたは虜


「わたしを、買う?」

 青年はさもつまらさなそうに笑って言い、薄い唇に華奢なパイプを挟んだ。
 パイプは真っ白な石と銀で作られており、人間の舌に触れればあっという間に錆びてしまうであろうしろものだ。しかし青年のくちもとにあるそれは、ただ煙草の煙で少しばかり黄みがかっているのみである。
 なぜかというと、パイプの持ち主たる青年は人間ではなく、ドールなのだ。
 つるりとした白い肌に零れる長い白髪は傷むことを知らずに肩から零れ、そのすんなりした身体は隅から隅までおそろしく手のこんだ衣装に包まれている。派手にフリルを寄せたシャツに、刺繍入りのウェストコート。さらに引きずりでもしそうな真っ白な長外套。
 貴族的ではあるが少々品がないゆえに、舞台上の役者かと思われる恰好だ。
 そんな姿で彼が立つのは、周り中を美しい人形たちに囲まれた塔の最上階であった。
 窓からの淡い光に照らされる青年の姿に思わずぼんやりとしていた客は、はた、と我に返って何度も何度もうなずいた。

「はい。こちらが書類でございます。我が主は、確かにあなたを買い取りました」
「拝見しよう」

 青年形のドールは中性的な美声であざけるように言うと、客の差し出した封筒を受け取る。
 手漉きの封筒に貴族の紋章で封蝋を押してあるのを眺め、彼は懐から出した華奢なナイフで封を切った。たまに顔が不自然に傾くのは、ドールが片眼に薔薇の刺繍の眼帯をしているせいだろう。

(それにしたって、綺麗なドールだ)

 そうしてる間にも、客は青年形のドールに見とれてしまう。
 彼らの居る真四角の部屋はとにかく豪奢に作られており、天井からは少々この部屋には大きすぎるクリスタルのシャンデリア、はたまた模型の飛行機や、作りかけのドールの胴体、はるか昔の天球儀などが適当につり下げられ、四方の壁際には目の前の青年が作ったドールが山ほど詰まっている。貴婦人あり、カエルの頭の従者あり、馬の頭の紳士あり。
 この部屋にあるドールは少々異様ではあるが、みなどれも独特の美しさがあった。
 そしてそれらの中でももっとも美しいのが、部屋の真ん中の大理石の作業台の前で書類を読んでいる白い青年なのである。
 彼はすでに宝石いくつかぶんの価値のある衣装をまとってはいたが、それらの美しさは彼自身の美しさにちっとも追いついていなかった。
 書類を読むために伏せられたまつげが、まるで濁った瞳を飾る装飾品のように揺れている。
 繊細な鼻筋、切れ長な瞳、薄く薄情そうな唇、神経質で中性的な細いあご。男と断じるにはたくましさも生々しさもなく、女っぽいというには甘いところのない、作り物ならではの美がそこにある。人間の歳で言うなら二十代の前半から半ばと思われる形なのだろうが、片方だけあらわになった青い硝子の瞳は酷く老成し、よどみ、倦んでいた。
 その不均衡がまた、なんとも言えない不安をあおって、美しい。

(何をどう飾っても、ひとではこれほどの美しさには到達すまい)

 やはり、ドールというのはすさまじいものだ。
 客がひそかに、ほう、とため息を吐いていると、青年形ドールは緩やかに紙面から顔を上げる。
 彼はあいかわらず唇にそら恐ろしいような笑みを含んで、客にそっと顔を近づけた。

「この書類にはいくつかの違法性がみてとれるね。わたしは確かにひとに売り買いされるべきドールだ。しかし、わたしを作った人形師は、わたしを彼の分身として財産を残した。わたしは彼の財産と技術と記憶を受け継ぎ、ドールでありながら人形師として働き、現在はこの都市ひとつを買い取れるほどの財産を持っている。その財産ごとわたしを買い取れる人間など、この世界にいるはずはないのだよ」

 客は間近になった青年ドールの瞳にふらりと吸いこまれそうな気分になったが、途中でどうにか自分の魂の根っこをつかんで後ずさった。
 ほう、と深呼吸をした後に、必死に自分の理性を呼び覚まして言葉を紡ぐ。

「残念ながら、違法ではないのでして……。つまり、法が変わったのです。今年の全都市会議で、いかなる場合においても、ドールが財産を私有することは禁じられたわけなのです」

 これは本当のことである。客は近隣都市の支配者である貴族からの使者だ。彼の主は各都市の首脳が集まって様々を決める会議で、ついこの間ドールの私有財産禁止法を押し通した。
 そして法が施行されると同時に、この世にも珍しい『人形師である人形』を買い取れるよう、ありとあらゆる手を回し、使者をドールのもとへ送ったのである。
 このことは目の前のドールには伝わっていなかったのだろう。彼は緩やかに瞬く。
 そしてしばらく黙りこんだ後、かすかに首をかしげた。

「これがうぬぼれた発言に聞こえないとよいのだが。君の主は、ただわたしのために、わざわざ膨大な金と力を使って会議に根回しをし、法までもを変えた、というわけなのかね?」

 歌うような声で軽やかに、彼は傲慢なことを言う。
 しかし彼の言葉を否定できないのが客の弱みだ。客は己の主の従僕の顔に戻って、さりげなくドールから視線を外しつつ言う。

「わたしは主の使いです。あなたをお連れするようにと命じられただけでして」

 ドールの青年はうすら笑いを唇に張りつかせ、客の視線を追うように、右から、左から、彼の顔をのぞきこんで続けた。

「なるほど。君は主の命には絶対服従、自分の意思でものは言えない。我々ドールと同じ、ということだね」

 ああ、もう、そのとおりだとも、と客は心の中でつぶやく。
 自分は目の前の青年形ドールより、よほど不自由な人生を生きる人間なのだ。主に逆らったらどんな仕打ちを受けるかわからない。
 貴族は貴族以外の人間を人間と思わず、欲しいものはなんだって手に入れられると信じこんでいる大きな子供ばかりなのだから。

「どうか穏便に、まずは主とお話だけでもしていただけませんでしょうか」

 祈るような思いでどうにか客が言うと、青年はあっさり答えた。

「いいだろう」
「……本当ですか? その……実際買われるとなれば、あなたは我が主のもの。すべての自由を奪われるのですよ」

 意外なほどの快諾に、客はほとんどきょとんとして顔を上げる。
 客の視線をとらえると、青年は非人間的な美貌のうえに薄い笑みを載せたまま、どことなく眠そうに瞬いて見せた。

「ああ。わたしもこうして人形師と生き始めて数百年だ。少し、飽きてきたのも本当なのだよ」


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