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【心得帖SS】「不健康診断」になっていませんか?

「…なあ、一登」
「…なんだ、慎司」
「俺は思うんだよ」
淡いブルーの検査衣に身を包んだ寝屋川慎司は、ソファにどっかり腰を下ろして言った。
「健康診断という名前だから、結果が悪かったときに凹むワケで、【不健康診断】にすれば良い結果に喜べるんじゃないかなってね」
「成る程、言い得て妙だな」
同じく検査衣を着た京田辺一登が、大きく首肯する。
「毎回【完全右脚ブロック判定C(経過観察)】というワードにドキリとさせられるからなぁ」

「俺は主にコレステロールと中性脂肪、高血圧だな」
生活習慣病のビンゴがあれば相当埋まりそうな寝屋川は、腕を組みながら言った。
「毎日ご飯を美味しく食べているから、いまいち実感湧かないが」
「いやいや、俺たちの年代は確実に代謝が落ちてるから相当影響出てるって。もう少し控えないと一気に来るぞっ!」
日頃の暴飲暴食を見ている京田辺は、本気で彼に説教をし始めた。
「俺はまだ嫌だぞ、同期の葬式に出るのは」
「不吉なこと言うなよ。変なフラグが立ってしまうじゃないか!」

状況説明が遅くなったが、ここは市内の総合医療センター。●●会社(結構長い名前)の健康診断は毎年ここで受けることになっていた。
一方の女子棟では…。

「うう、気が重い…」
四条畷紗季が、ソファに座って頭を抱えていた。
「サキサキは初バリウムだっけ?そんなに憂鬱なの?」
自称健康マニアの星田敬子は、定期的に人間ドックで自主検診を受けている。
「昔は激マズだったらしいけれど、最近のバリウムはそこまで酷くないわよ」
彼女のフォローでも、紗季の顔の落ち込み線は消えない。
「味はそこまで気にしていないわ。発泡剤を飲んだあと曖気(げっぷ)を我慢できる自信が無いのよ」
「確かに、我慢しながら身体の位置をグルグル変えないといけないからね」
バリウムを胃の粘膜に付着させて撮影するため、技師の指示に従って身体の向きを変えたり検査台を上下左右に回転させたりするのだ。
「あと、バリウムとの相性が悪ければ頭が痛くなることもあるみたいだとか、下剤が効かなかったら腸で固まってしまう話もあるみたいだしとか、そんな事考えていたら昨日全く眠れなくて…」
「バリウムで変な検索し過ぎだよ…ん、ちょっとサキサキ、あなた徹夜で健康診断受けに来たのっ⁈」

胸部X線の前で、紗季は総務部課長の忍ヶ丘麗子と遭遇した。
診察の順番待ちをしていた麗子は、やって来た紗季のほうをチラリと見て言った。
「サキちゃん、胸当て着けてるノ?」
「えっと、スポーツブラを着けていますね」
ワイヤーが入ったブラジャーや、肩紐に金属やプラスチックを使ったカップ付ブラはNGと聞いていたので、某ファストファッション店でカップの入っていないタイプのスポブラを調達してきたのだ。

「病院によってはスポブラもNGみたいだカラ、看護師さんに確認した方が良いかもネ」
「課長はどうされてるのですか?」
「ワタシは付けてないワ。透け防止のために濃色インナーを着ているけどネ」
検査衣を華麗に着こなしている麗子は、むんと胸を突き出した。色々大変になりそうなのでやめて欲しい行為だ。
「ここは男女フロアが分かれているシ、先生や看護師サンも女性だから安心ネ」
「確かにそうですね…ちょっと外してきます」
そう言って立ち上がった紗季は、あたふたと更衣室まで戻っていった。


「あ、課長も今日健康診断だったのですね」
医療センターを出たところで、京田辺は紗季に声を掛けられた。
「四条畷さん、初バリウムはどうだった?」
「思ったより大丈夫でした。実際にはこれからが勝負ですが…」
「ある意味、絶対に負けられない戦いが始まっているからなぁ」
この後のことを想像して、京田辺はげんなりとした気分になった。
と、その時彼は、紗季のトートバッグからグレーの布のようなものがはみ出していることに気が付いた。
「あれ?四条畷さん、カバンから何か出ているよ」
「えっ、あ、すみません…ひゃっ!」
もの凄い勢いでその布(スポブラ)をカバンの奥底に押し込んだ紗季は、真っ赤な顔をして京田辺をキッと睨んだ。

「ご指摘有難うございます…課長のドエッチ!」
「おい、言葉のチョイスが何だかおかしくないかっ⁈」

京田辺は何故急に紗季がバチギレているのか、全く理解することができなかった。

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