見出し画像

【心得帖SS】本日の「主役」です!

大住有希は、慣れないヒールに足を通したあと、2・3歩進んでみる。やや左側によろけてしまったが何とか立て直すことができた。
最近新調したレース袖ボックスワンピースの裾を気にしていると、待合せしていた人物が現れた。

「…へえ、馬子にも衣装」
「どういう意味ですか先輩っ!」
彼女の抗議する声に、スリーピースのパーティースーツをラフに着こなした住道タツヤが、ニヤリと笑った。

「武田尾先輩、ご結婚おめでとうございます」
「郁美ステキ。凄く綺麗だねっ!」
中央テーブルに座った新郎新婦に、タツヤと有希は祝福の声を掛けた。

某ホテルの宴会場では、大学時代からの交際を実らせた武田尾雄二と三田郁美の結婚披露宴が催されていた。

「2人とも忙しいのに来てくれて有難う」
「嬉しい!有希も綺麗になったね」
雄二は陸上部の元キャプテンでタツヤの1つ上、郁美は有希と同回生だった。
「棒高跳びのバーばかり見ていた雄二先輩が、いつの間にか美人マネージャーを落としていたのですね」
「おい言い方っ!」
シャンパンを飲まされて相当酔っている雄二がタツヤに絡んでいく。
「やだタツヤ先輩、美人だなんて…もっと言ってください」
元々ノリの良い郁美は、タツヤに褒め言葉のおかわりを求めてくる。



「…私には、何も言ってくれないクセに…」



ボソッと呟いた有希の声を耳ざとく聞きつけた雄二と郁美は、何かを察したように「あらあらあらぁ」とニヤニヤし始めた。

「タツヤ、お前達はいつ式を挙げるんだ?」
まずは雄二がど真ん中に直球ストレートを投げ込んでみた。
「大学時代から2人は仲良かったからね。有希もタツヤ先輩を追い掛けて同じ会社に入ったのでしょ?」
郁美は彼の言葉に上乗せしていく。

「はあっ⁈何言ってるんですか!」
「ちょ、ちょっと違うよォ!」
途端にあたふたし始めるタツヤと有希。
「ユキは妹のようなものですから、そう言うのでは無いです」
「そうね、タツヤお兄ちゃんはオンナを取っ替え引っ換えだからね」
「おい妹!言い方がマジでキツくないかっ⁈」
学生時代から続いている2人のノリを見て、雄二はフッと微笑んだ。
「ホント、変わらないなぁ」

結構長く席に留まっていたので、新婦お色直しのタイミングでタツヤと有希は自卓に戻ることにした。
「有希ちゃん」
郁美の声に、有希は足を止めて振り向いた。
「さっき、私のブーケ取ってくれたよね」
「…あれはブーケトスと言うよりパスだったけどね」
彼女から殆ど手渡し状態でブーケを押し付けられた有希は、その光景を思い出して苦笑する。
「…頑張ってね、色々と」
郁美は穏やかな笑顔を見せて、こちらをじっと見ている。そこに含まれているものを、有希はあえて気付かないフリをした。
「…よく分からないけれど、色々頑張るよ」
「うん…よしよし」


「とても良い式でしたね」
明日の仕事の関係もあり、二次会を辞退した2人は駅に向かって歩いていた。
「2人とも、幸せそうだったな」
まだ少しアルコールが抜けていないタツヤは、夜風に揺られながら式場で流れていた曲を鼻歌混じりで歌っている。

有希はふと、郁美からパスされたブーケの存在を思い出して、手にした紙袋から取り出して掲げてみた。
まだ瑞々しさを残した花の良い香りが辺りに漂っていく。

「…綺麗、だな」

隣からふとそんな言葉が聞こえてきたので、有希はバッと顔を向ける。
そこでは、明後日の方向をむいたタツヤが、耳を少し赤くして星空を眺めていた。

(なに?今の)

真偽を確かめたくなった有希は、しかしいつものノリで言葉を返してしまう。

「おやおやぁお兄ちゃん。今のは妹のワタシに対しての褒め言葉と受け止めていいのかなぁ?」
「…うるさい、忘れろ」
「嫌でーす。忘れませんよぉ」
ニシシと微笑った有希は「ん」と手を差し出してくる。
「…我儘な妹だな」
暫くそれを眺めていたタツヤは、やれやれと言った感じで手を取った。
「そうですよ、私はワガママですから」

(この時間だけは、私を主役で居させてくださいね)

続く言葉を飲み込んだ有希は、タツヤと握った手をブンブン振り回して再び歩き出して行った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?