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【備忘録SS】それは「優しい」リマインド。

ガタンッ!
電車がホームに停止した振動で、うとうとしていた紗季は最寄駅に到着したことを自覚した。
シートから立ち上がり、乗降扉へと足を向ける。

(ついつい寝ちゃったなぁ……)
業務過多のため、ここのところ残業が続いている。おそらく紗季の知らないところで身体に疲労が蓄積しているのだろう。
(これから買い物して……ご飯を作る気分にならないなぁ)
かと言って外食は胃への負担が気になるし、と思っていた彼女のスマホに、ピロンとL●NEの着信が入った。
画面を見た紗季の表情が、パァッと明るくなる。
「……よしっ」
くるりと踵を返した彼女は、新たな目的地に向かって歩き出した。

「いらっしゃいませ……あっ紗季さん、今晩は」
カランと扉を開けて店内に入った瞬間、津田沼梨花の明るい声が聞こえてきた。
「今晩は梨花ちゃん、お誘い有難う」
テーブルに着いた紗季は、その上に置かれているお目当てのメニューを指差した。
「【薬膳ディナーセット】ひとつください」

「んーっ!身体に染み渡るぅ」
薬膳スープを口に含んだ紗季は、じわっと優しい暖かさに表情を緩めて言った。
「ふふっ、ゆっくりお召し上がりください」
トレイで口元を隠しながら笑っていた梨花は、窓際のテーブルから声を掛けられてそちらの方に向かって行った。

(夜来たのは初めてだけれど、結構流行っているのね)
改めて周りを見回した紗季は、いつの間にか全ての席が埋まっていることに気が付いた。
休日の昼間とは明らかに客層が違う。
仕事が終わったあとに立ち寄った感じの会社員や、これから仕事に向かう格好をした人々が、満足そうな顔をしながら薬膳料理に舌鼓を打っている。

「元々こちらのオーナーは、別の場所で薬膳のお店を出していたみたいです」
戻ってきた梨花が、紗季の疑問に答えていく。
「メインはカフェなのですが、たまに腕を振るいたくなるそうで、不定期に薬膳フェアを開催しているんですよ」

「それで、私にも連絡してくれたんだ」
紗季が微笑むと、梨花は少し顔を赤ながら言った。
「最近、お店に来られたときの紗季さんがお疲れの様子だったので、お声掛けしました。ご迷惑じゃなかったでしょうか?」
「ううん、全然。そこまで私のこと気遣ってくれて嬉しかったよ、梨花ちゃん」

素直に御礼の言葉を伝えると、梨花は「はうっ」と顔を押さえて椅子の背に手を付いた。
彼女の口から「お姉サマ……やっぱり素敵」という言葉が発せられたような気がしたが、紗季はあえて何も聞こえなかったふりをする。

食後の薬膳茶をいただきながら、紗季は鞄から手帳を取り出して開いた。
彼女は左側ページに一週間のスケジュール、右側に横掛のフリースペースがある手帳を愛用していた。
びっしり埋まっている今週来週のスケジュールと備忘録を確認、終わったものにバツ印を付けていく。同時に彼女の頭の中も仕分けが出来ていくのか、混沌から徐々に整理されてくる。

「お越しになられたときより、随分顔色が良くなりましたね」
レジ打ちをしながら、梨花はホッとした表情を浮かべながら言った。

「これも薬膳料理のお陰かな。心配掛けてごめんなさい」
お釣りを受け取った紗季は、ペコリと頭を下げた。
「良い仕事をするためには、私自身が健康でなきゃ駄目だよね。これからは率先して体調管理に努めて参ります」
「うむ、よろしい」
照れ隠しでおどけた態度を取った梨花は、紗季を真っ直ぐに見て言った。

「紗季さんが健全な生活を過ごせているのか、これからも私がちゃんとチェックしていますからね」

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