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【心得帖SS】賢者達の「ウタゲ」

「レクリエーション費用の使い方?」
京田辺一登は、隣で美味そうにビールを飲んでいる寝屋川慎司に尋ねた。


「そう、会社の福利厚生の一環で毎年賦与されているアレだよ」
焼きスルメにたっぷり七味マヨネーズを付けた寝屋川は、大きくそれに齧り付いた。
「…何となく課単位で使ったり、期限が過ぎて無効になったりしているだろう?それなら支店内の行事として使用するのはどうかなって」
「ふむ」京田辺は少し考えた。
「確かに、最近組織を横断した業務が増えているので、慰労も兼ねて何かやるのはアリか」
「そうそう、そこでなんだが…」

「お花見…ですか?」
商談が終わったあと、電車の中でその話を聞いた四条畷紗季は、吊革を握りながら上司である京田辺に尋ねた。
「そう、ウチの会社から少し歩いたところに河川敷沿いの公園があるでしょう?昔はよくあそこでゴザを広げて宴会してたんだよ」
彼は懐かしむような口調で話している。
「若手だった私や慎司が準備係として場所取りや買い出しを任命されてね。当日は仕事そっちのけで走り回っていたよ」
「はは、大変そうですね」
「今となっては、いい思い出だよ」

「発案者の慎司が、色々やりたいことがあるようで準備全般を担当してくれたので、私は参加メンバー募集担当になっているよ」
「あ、わたしとタツヤ君とで若手メンバーの出欠は引き受けますよ」
即答した紗季に、京田辺は笑顔を向けた。
「有難う、助かるよ」


「結構集まったな」
周りを見渡した京田辺は、ほうと息を吐いた。
せいぜい十数名くらいと思って居たのだが、その倍以上の人数が参加を表明。急遽レジャーシートを追加して野球場の内野スペースほどの空間を確保したのだ。

「ケータリング全て揃いました。生ビールサーバーもセッティング完了です」
星田敬子が有能な秘書よろしくタスクを読み上げていく。
「会場のセッティングもバッチリです」
座席のレイアウト準備を進めていた住道タツヤと大住有希の体育会系コンビが報告に来た。
「では始めようか、私たちの【ウタゲ】を」


宴会場のそこかしこでは、花見そっちのけで相当な盛り上がりを見せていた。
「うわっ、このビールサーバー超優秀ですね」
自動で泡調整までやってくれた機械を見て、新入社員の藤阪綾音が目を丸くした。
「知り合いのツテで安くレンタルできました」
眼鏡の縁を持ち上げた敬子が、若干ドヤ顔で応える。
「星田先輩マジ神!」
「いえ、確かにイマジナリーフレンドには古の神々が多いですが、私は神様ではなくただの人間ですよ」
「は、はぁ…」
軽く夢女子モードに入った敬子を見て、綾音は若干引いていた。

「おい誰だおつまみに駄菓子ばかり買ってきた奴は?」
何故か据え置かれたビニールプールの中に大量に詰められた駄菓子を見て、京田辺は呆れ顔で言った。
「俺だよ俺」
「やっぱり慎司か」
鼻息荒く近付いてきた寝屋川に、京田辺は尋ねる。
「こんなに買って、どう消化するんだ?」
「このあとの余興に使う予定だ。【う●い棒選手権】のな」
「またベタな出し物を…」
「まあまあそう言うなって。余ったら若いコたちに持って帰って貰うよ」


「悪ガキオジサンコンビだけが目立っているのは面白くないワッ!」
「麗子さん、その手に持ったバケツは何?」
たぷん、という音を聞きつけた京田辺が忍ヶ丘麗子に尋ねる。
「よく聞いてくれたわネ。コレは【夢のバケツプリン】ヨッ!」
麗子がバケツをひっくり返すと同時に、敬子がサッと大きな皿を下にセットする。
ぷるんと弾力のある巨大なプリンが、バケツから出て来て無事皿の上に着地した。
「どうヨ!」
プリンと並ひドヤ顔で自撮りしている麗子は、京田辺に感想を促した。
「どうよって…す、すごいな」
「フフン、でしょオ」
彼の返答に満足した麗子は、テキパキとカトラリーを準備している敬子に声を掛けた。
「じゃあ敬子チャン、上手く人数分に取り分けてちょうだいネ」
「はい、分かりました」
「おいおい、結構手間掛かってるのにもう崩しちゃうのは勿体なくないか?」
「いいんです、京田辺課長」
大きなスプーンで器用にプリンを取り分けながら、敬子はニヤニヤ顔で言った。

「忍ヶ丘課長は京田辺課長だけに見せるため、昨日から一生懸命慣れないプリン作りを頑張っていたのですから」

「ケッ敬子チャン。そそそんな誤解を生むような話をしちゃダメだからネッ!」
顔を真っ赤にした麗子は、逃げる敬子の口を塞ごうと追い掛けて行った。

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