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【心得帖SS】「ゆるふわネットワーク」の構築

地下鉄のドアが開いた瞬間、四条畷紗季は足をグッと前に踏み出してホームへと降り立った。
手にしたトートバッグの中身を確認しながら小さく頷く。
(大丈夫…必ず上手く行く)
彼女は自らを奮い立たせると、その勢いのまま3番出口に向かって歩き始めた。
(さあ、討ち入りだぁっ!)


「外部研修…ですか?」
紗季は、上司である京田辺一登課長から渡されたパンフレットに目を通しながら尋ねた。
「ああ、講師からの一方通行ではなく、参加メンバーと真剣勝負のディスカッションを楽しめる【他流試合】が詰まっているコースだ!」

「はは…楽しめますかね?」
妙にテンションの高い京田辺が少し怖くなってきた紗季は、恐る恐る尋ねる。
「あのーここに『ミドルマネジメントコース』って書いてあるんですが、どんな方が参加されるのでしょうか?」
紗季の問い掛けに、京田辺はうむと応えた。
「大体企業のマネージャー、もしくはリーダークラスが参加しているのではないかな」
「成る程…熱血ハリキリボーイ達が押し寄せるわけですね」
「他人事じゃないぞ、四条畷さんも当課のリーダーなんだから、資格は十分だ」
「そうですかねぇ…こんな若女子が行ったら浮いてしまう気がするのですが」
「そんな連中、実力で黙らせればいい」
京田辺の言葉に熱が籠った。
「信じてるぞ、四条畷さん」
「は、はい…」


「もーっ、そんな風に言われたら断れないじゃなあぃ!」
周りに居た通行人がギョッとするほどの大声で、紗季は叫んでいた。
「これも何とかになった弱みというヤツなのですかねぇ…うーん」
「何だか賑やかね、四条畷サン!」
ブツブツ言っていた彼女に後ろから声が掛けられる。
「なによぉ…って、あなた新福島さん?」
「その様子だと、四条畷サンも研修を受けるのかしら?」
デキる女風にデコ出し前髪アップスタイルにした勝気そうな女性が、紗季の前に立ち塞がった。
彼女は、同業他社で同じ取引先を担当している新福島美月。同い年ということもあって何かと紗季をライバル視してくる少し面倒系の女子である。

「ワタシ、ディベート大得意だから。徹底的にいたぶってあげるわ」
頑張って嗜虐的な表情を浮かべようとする美月だったが、生まれつきの童顔なので全く怖さが感じられない。
「はいはい、お手柔らかにね」
「何よその言い方、バリむかつくぅ!」
オジサマばかりかと思っていた研修に同年代の女子が参加していることに安心感を覚えた紗季は、美月の文句を完全に受け流していた。
「さあ、早く受付を済ませないと開始時間に間に合わないわよ」
「あっ待って、置いてかないでよ四条畷サン!」


そして、2時間後。
紗季と美月は駅前の夜カフェで反省会を行っていた。
「後半、全く付いて行けなかった…正直ナメていたわ」
「次回までの課題が多過ぎる…1週間で通常業務と折り合いを付けてどこまで出来るのか」
そこには、外部研修初日に打ちのめされた女性2人が、チビチビとカフェオレを飲んでいた。

「でも、ステージアップしたくて参加されたのですよね?それならもっと楽しまなきゃ!」
そう言って、上機嫌に映え映え盛り盛りパフェをパクついているふわふわ系の女子が、のほほんとした表情で言った。
彼女は同じく研修参加者で、某文具メーカーに勤めている尼崎皐月。
軽くウェーブの掛かった髪をワンサイドに上手く纏めている。
お通夜状態だった紗季と美月とグループとは対照的で、彼女のグループは終始盛り上がっているように見えた。

「わたし、昔から浅ぁいお付き合いが得意なんです」
やや得意気に話し出した皐月。
「ちょっと奥サマ聞きました?彼氏を取っ替え引っ替えだなんて破廉恥ザマスわね」
「新福島さん、キャラが崩壊して突っ込みどころ満載なのだけれど、とりあえず尼崎さんの話を聞きましょうか」
このメンバーだと、紗季は纏め役に回っている。

「会話というか、ヒトとのやりとりが楽しくて、名刺交換する前から話し込んでしまうこともたまにあったりしてますね」
「それって営業としてどうなのかな…」
「いえ、尼崎さんのスキルが高いことは理解したわ」
紗季は両肘をテーブルの上に立てて両手を口元で組む、所謂ゲ●ドウのポーズを取った。

「イノベーションを起こす人脈の作りかたは、ちょっとした知り合い的な【弱いネットワーク】が重要と言われているのよ」

「マーク・グラノヴェッター教授の…【SWT理論】ね」
聞き覚えのある内容に、美月が反応する。

「もっとも、尼崎さんの場合は【ゆるふわネットワーク】といった感じね」
「あ、それいいですね。いただき!」
どこまでもポジティブな皐月は、指をパチンと鳴らして笑顔を見せた。
「はあ…あなたを見ているとアレコレ悩んでいるのがバカらしくなってきたわ」
フッと肩の力を抜いた美月は、暫く放置されていたガトーショコラにフォークを入れた。

紗季は、出掛ける寸前に京田辺から聞いた言葉を思い出していた。

『他流試合は、バチバチとディベートすることが全てではない。社内とは違った【新しい繋がり】を手に入れることが大切なんだよ』

(…きっと、この事だったのですね)

「ね、みんなでL●NE交換しない?」
「はあ?何であなたと…QRコードを出せばいいの?」
「わあい、せっかくだし3人でグループ作りましょうよ」


この夜、トップ画面がやたらとスイーツで映え盛りのグループL●NEが誕生したのだった。

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