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【心得帖SS】ユメで逢えたら。

夢を…見ていた。


と言っても、今回は連日見ていた悪夢とは違っていた。


知らない土地、知らない建物をひたすら彷徨い歩く。行き交う人々は冷たくもなく温かくもない。何故か焦燥感に駆られて飛び乗ったエレベーターは高層階でフロアから切り離され、そこから降りるには届きそうで届かない距離を跳躍するしか術がなく…。
成功したのか失敗したのかは分からない。ただ頭の中に重暗いタールのような液体が流れ込んできたような鈍痛に午前一杯悩まされる。
そのような雰囲気とは明らかに異なる光景が、目の前に拡がっていた。

(ここは…ショッピングモールか?)
明るくて賑やかな音楽が辺りに拡がっている。
風船を持った小学生くらいの男の子が脇を駆け抜けて行くのを見送りながら、京田辺はショーウィンドウに映った自分の休日ファッションをぼんやりと眺めていた。
(はて、今日は何を買いに着たのかな)
ようやくそこが何度か訪れたことのあるアウトレットパークであることに気が付いた彼の耳が、パタパタと近付いてくる足音を捉えていた。

『こんにちは、京田辺課長』
『…君は』
『お待たせして申し訳ございません。服を選ぶのに手間取ってしまいました』
そこには、淡いグリーンのワンピースに身を包んだ四条畷紗季が、柔らかい笑顔を見せて立っていた。


『あまり状況を理解できていないのだが、今日は四条畷さんと出掛ける予定だったのかな?』
『はい、そうです。私の夏服を見るためにお付き合いいただいています』
『なるほど…残念ながら僕のファッションセンスは並以下だから、荷物持ちくらいしか期待しないで欲しいな』
『大丈夫ですよ』
自虐的な見解を述べた京田辺に、紗季はウインクをして応える。
『今日は、課長がいいなと思った服を買うつもりですから』
『え』
『ほら、まずはここに入りますよ』
戸惑う彼の手を取って、紗季は右手の店舗に足を向けた。

(ああ、これは夢か)
京田辺は改めて実感した。
(本当に…都合の良い、ユメだ…)


『ふーっ、なかなかの収穫でした』
戦利品(紙袋)を両脇に抱えた紗季は、タピオカドリンクをストローからひと口含んで息を吐いた。
『け、結構買ったね』
同じく紙袋を抱えた京田辺は肩で息をしている。
『だって課長、どれもこれも似合ってるって言ってくださるから、買うしかないじゃないですか』
ふんすと鼻息荒く答える紗季。
彼女のストレートな表現に少し気恥ずかしくなった京田辺は、やや顔を逸らし気味に言った。
『結構いい時間になったね』
そろそろ帰ろうかと言おうとした彼の口を封じて、紗季は悪戯っぽい笑顔を見せた。
『あとひとつ、課長と行ってみたい場所があるんです』


今までは下から眺めるだけだったその大観覧車は、相当な高さまで登っていることを実感することができた。
『ふ、ふふっ、怖いんですか課長』
『まあ高所恐怖症は隠していないからね。そう言う四条畷さんも顔色良くないよ』
『こ、これはロマンチックな雰囲気に酔っているだけですぅ』
顔にバッテンマークを浮かべた彼女を見て、京田辺はふふふと笑った。
『本当、君にはいつも助けられてばかりだな』
『それってお仕事ですか?それとも…』
『両方、かな』
『うう…そこで素直になるのはズルいです』
顔を赤らめて俯く紗季。
そんな彼女に、京田辺は優しい言葉を掛けた。
『ねえ四条畷さん、これは全てユメの世界だよね?』
『はい、そうですよ』
紗季はあっさりと返事をした。
彼女の言葉に自分の意識を擦り合わせていきながら、京田辺は話を続ける。
『たとえユメでも現実でも、僕は貴女に救われている…ズルい言い方になって申し訳ないけれど、そこは分かって欲しいんだ』
『はい、分かっていますよ』
ユメから醒める前兆なのか、輪郭がややぼうっとぼやけ始めた紗季は、当たり前のように言葉を重ねた。
『わたしは、課長のことを…』


「四条畷さん、寝不足?」
会議中に欠伸を連発していた彼女を見て、休憩時間に京田辺が声を掛けた。
「あ、はい」
少し顔を赤らめた彼女は、京田辺をチラチラ見ながら言葉を続ける。
「実は昨日、夢に課長が出てきたもので…」
「えっ、もしかして何かハラスメント的なことをやらかしたのかなっ?」
「あ、いえいえそんな感じではないです。少し都合の良い夢と言いますか、妄想が爆発したと言いますか…」
モゴモゴした言い方をしている紗季に、京田辺は笑って言った。
「実は僕の夢にも、四条畷さんが出てきたんだ」
「えっ⁈」
「あ、別に変な感じではなかったから安心して。ここ数年はずっと悪夢に悩まされているのだけれど、久しぶりに楽しいユメを見ることができたから」
彼の言葉を聞いて、紗季の表情がほうっと和らいだ。
「それは…本当に良かったです」
穏やかに微笑む彼女の姿に思わず見惚れていた京田辺は、感じるはずのない繋いだ手の感触を覚えながら、無意識のうちに言葉を発していた。


「悪夢が続いたときは、また四条畷さんに助けて貰おうかな」


その言葉を聞いた紗季は、ふわりとした笑顔を向けて言った。


「はい、いつでも大丈夫ですよ」

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