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【心得帖SS】夢で会えたね。

「ちょっと何ですか先輩、私の顔を見た瞬間に笑うなんて」
日課の早朝ランニングで玄関前に出てきた大住有希は、住道タツヤがお腹を押さえて笑っているのを見てぷーっと頬を膨らませた。
「ゴメンゴメン、昨晩見たユキの夢をふと思い出してさ」
「えっ、わたし先輩の夢に登場していたのですか?」
ドキリとした有希は、少し赤くなった頬をタオルで隠す。
「ち、ちなみに夢の中のわたしはどんな感じだったのですか?」
「それがさぁ、聞いてくれよ…」


『納品リミットまであと1時間、いけるかユキ!』
『はい、余裕ですよタツヤ先輩!』
ハンドルを握りしめる手に力を込める有希。
彼女がグッとアクセルを踏み締めると、1万cc超のディーゼルエンジンが咆哮を上げる。
『ん…ちょっと待て。これって10トントラックだよな。ユキお前大型免許持っていたのか?』
『大丈夫です!頑張ります!』
正面をじっと見据えたまま、根拠の無い言葉を返して来る。
『いやいや、よく考えれば普通車の運転も怪しかったのにトラック乗ってるのおかしいよな?一旦停まろう』
『ダメです。時間がありません』
フラフラしながら高速道路の入口を通過した有希のトラックは、更に速度を上げる。
『おいおいマズいって、何だか左側に余裕無いし、この速度でカーブに入ったら…』
次の瞬間、タツヤの不安が的中した。
側面の防音壁にガガッと車体を擦り付けたトラックから、サイドミラーと助手席のドアが離脱していく。
『うわーっ!ユキ止まれ止まれ!』
『大丈夫です。必ず間に合わせます』
『お前、性格変わり過ぎだあぁっ!』


「…なんですか、そのサイコパスな後輩女子は」
タツヤの説明を聞き終わった有希は、夢の中の自分があまりに無茶苦茶だったので呆れた口調で言った。
「タツヤ先輩の中で、わたしはそう言うキャラなのですか?」
理想とは程遠いポジションに軽くショックを感じて肩を落とす彼女に、タツヤは首を横に振って言った。
「いや、今回はギャグ回?だったけれど、いつもは楽しく遊んでいる夢ばかりだよ」
「え、そうなんですか?」
「それがさぁ」
タツヤは思い出したように話を続ける。


「ユキの夢を見た次の日は、何だかとても調子がいいんだ。難しい商談も上手く行ったりしてね」
「え」
「まさに勝利の女神だな。夢の中のユキは」
「ふ、ふええっ⁈」
思いもよらない無自覚ストレートに打ち抜かれた有希は、クラっとしながらテーブルに手を付ける。
「まあ夢でも現実でもそれほど差が無いことが良いのかな。これからも宜しく」
そう言って、爽やかな笑顔を見せるタツヤ。


(こっ、この天然ジゴロがっ!)
大きく咳払いをして気持ちを整えた有希は、精一杯の笑顔を見せてこう言い放った。


「心配しなくても、タツヤ先輩のことは何時でも支えてあげますよっ!」

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