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【備忘録SS】それは「見事な」回避術。

 ●●(長い名前)株式会社の本社が入っている複合オフィスビルは、強固なセキュリティが入居者に対して売りの1つとなっている。

 入館時は「専用のICカード」をリーダーにかざし、鉄道の自動改札機みたいなゲートを通過しなければならない。

「うげっ!」

 朝一番のミーティング時間が迫っていたため、早足でゲートを通過しようとした四条畷紗季は、読み取りエラー音を聞くとともに、開かなかったバーに思い切りお腹を打ち付けていた。

 たまにある風景なのか、うずくまっている紗季を横目に見ながら、他の入居者達が違うレーンに移っていく。

(ううっ、恥ずかしい……)

 紗季は真っ赤になった顔を伏せながら、警備員の居る改札?にそろそろと移動していった。


「かかっ、嬢ちゃんこれで何度目の不正入館になるんだい?」
 ニヤニヤしながら待ち構えていた老年の警備員が、「来客用ICカード貸出申請書」が挟まれたバインダーを差し出した。

「……5度目です。すみません」
 身体を縮こませて、それを受け取る紗季。

 ネームプレートに【亀戸】と書かれたその警備員は、ふむと顎を撫でながら言った。

「嬢ちゃん、今ドキの仕事が出来る別嬪さんに見えるのに、案外ドジっ子なのかい?」
「ううっ、前の職場でもよく言われてました」
 本社勤務になってからは随分気を遣っていたが、油断するとついついボロが出てしまう。

「しっかし、ICカードなんて他で使わないから、ずっとカバンに入れておけば良いんじゃないの?」
 記入済の申請書を受け取りながら、亀戸は不思議そうに尋ねる。

「私、お気に入りのカバンが何個かあって、定期的にローテーションしているんです。中身を移し替えるときに、何故かこれだけ漏れてしまうんです」

 しかも、交通系ICカードの入った定期入れと形状がよく似ているため、焦っていたりボーッとしている時には、冒頭のゲート通過失敗が発生してしまうのだった。

「……課長、それなら交通系ICカードをスマートウォッチに紐付けてはどうですか?」
 いつのまにか隣に居た彼女の部下、本八幡ハジメが、自らの左腕袖を捲りながら言った。
「ボクも連携させていますので、結構便利ですよ」

「そうなんだ……私そういうの得意じゃなくて、設定で確実にパニックになるから見送っていたんだよね」
「すぐに出来ますよ。僕もサポートしますので」

 ハジメは、いつも無自覚で本社女性社員のハートを撃ち抜きまくっているクールな微笑を浮かべて言った。

「ううっ、私の部下が優しい……」
勿論、鈍感な紗季には全く通用していなかった。

 翌日、自宅を出た紗季は、最寄駅が視界に入ってきた瞬間、スッと左手を伸ばした。
 内心ドキドキしながらも、努めてクールな表情を保って、自動改札機にスマートウォッチを近付ける。
 ピッという音と共に、遮断扉が左右に開いた。

(よし、入場はクリアね)
 胸を撫で下ろした紗季は、乗車駅より利用者の多い降車駅でもスムーズな改札の通過を目指すべく、脳内シミュレーションを開始した。

「よし、クリア!」
 降車駅でも、引っ掛かる事なく改札機を通過した紗季は、その場で思わずガッツポーズをして微笑んだ。

「おめでとうございます、課長」
 いつの間にか隣に立っていたハジメが、乾いた拍手と抑揚のない口調で彼女を称賛する。
 二人はそのまま、オフィスに向かって歩き出す。

 紗季は改めて、ハジメに御礼の言葉を述べた。
「昨日、ハジメ君が初期設定を手伝ってくれたから助かったよ。自分一人ではおそらく途方に暮れていたからね。ありがとう」

「いえ……自分は、大した事してませんから……」
 彼女のストレートな言葉に、ハジメは少し顔を赤らめて俯く。

「これで朝の出社も楽勝……うげっ!」
 ゲートバーが思い切り鳩尾に入った紗季は、その場に蹲った。

「かっ、課長!大丈夫ですか?」
 先にゲートを通過していたハジメは、慌てて駆け戻ろうとする。
 それを手で制して、彼女は「たはは」と頭を掻いた。


「調子に乗って、会社のゲートまでスマートウォッチで通過しようとしちゃった(汗)」

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