見出し画像

【心得帖SS】仕事の「因数分解」

「ん?んんんっ…?」
営業二課の四条畷紗季は、先ほどからPCの前でずっと唸っていた。

「どうしたんですか?姉さん」
「姉さんいうなし、ちょっと悩みちう」
「はあ」
同課である住道タツヤの気遣いを軽く受け流した彼女は、再びPCの画面に向き直った。
「これがこれで…こうなってこうだから…うううん…?」


先週末のイベントは大盛況に終わったのだが、効果検証として対象期間の販売実績を抽出してみると昨年の実績を下回っていたのだ。
何度か抽出し直してみたのだが数字の変化は見られないため、冒頭の「んんん」となっていたのだ。

上司の京田辺一登に頼る手もあったが、生憎彼は本社会議のため今週は事務所を空けていた。

(こういうとき、普通に京田辺課長を頼ってしまっていたんだなぁ)
改めて反省した彼女は、独力で原因を特定するためマニュアルの入ったファイルを開いた。

「紗季チャン、まだ残ってるノ?」
声を掛けられた紗季が頭を上げると、夜がとっぷりと更けていた。
既に支店内のメンバーは退社済、オフィスの照明も紗季の周囲を残して消灯されていた。
「忍ヶ丘課長」
「プロジェクト始動前だからって気合い入れ過ぎじゃなイ?あまり根を詰め過ぎると、お肌に良くないわヨ」
総務部のバリキャリ課長、忍ヶ丘麗子は手にしたファイルボックスを机に軽くトントン叩きながら言った。

「いえ…実は…」
紗季は麗子におおまかな状況説明を行った。

「なるほド、話は良く分かったワ」
大きく頷いた麗子は紗季に向き直る。
「それでは紗季チャン、役割分担しましょうカ」
「えっ、それってどういう…」
「ワタシは現場に立ち会っていないから、数学的な目線で今回の事象をフラットに分析していくワ。紗季チャンは記憶を辿りながら、何が数字に影響を与えたのかを特定して欲しいノ」
麗子の説明を聞いて、紗季はようやく理解が追い付いてきた。

「量販店の売上高ハ、「客数」×「客単価」に分解されることは有名だよネ?」
「はい、何だか数学の授業みたいですね」
こんな数学教師居るよなぁと思った紗季は、クスッと笑った。
コホンと咳払いをした麗子は話を続ける。
「デハ、ワタシ達メーカーの側から見た場合はどうかしラ?」
紗季はうむむと考える。
「私たちは量販店さんに商品を買って貰っているカラ…売上高は一般的に「受注金額」×「成約率」となるワ」
「受注金額は…単価と数量ですね。成約率は…購入頻度に置き換えられますか?」
「そうネ、合っていると思うワ」
麗子は満足そうに頷く。
紗季は、先週末の状況を頭の中に思い浮かべた。
「お客さまは良く入っていたし、平台でマネキン販売も行っていたので、結構手に取っていただきました。買物カゴも一杯になっている方が多かったので、特に課題があったという記憶はありませんでした」
「フム…」
麗子はこめかみをグリグリ押しながら唸った。
「だとすれバ、受注金額に何か見落としているモノがあるのかしラ」
「単価はそれほど動かしていないので、残りは数量…平台は大盛況…あっ⁈」
「どうしたノ?何か思い当たることデモ?」
「明日、先方に確かめてみたいことが出来ました」
一応の解決は見えたのか、何とも言えない顔をして、紗季は言葉を返した。


今回の売上減少要因は、定番売場の発注が全く行われておらず、期間中品薄もしくは幽霊定番(定番採用されているが発注が全く無い状態)になっていたことだった。
最近入社した新人のアシスタントバイヤーさんが、誤って商品マスタの一部を削除してしまったとのことで、後日先方の上司から直々のお詫び連絡があった。

「お手柄ネ、紗季チャン」
「そんな、忍ヶ丘課長が事前に分かりやすく整理していただいたお陰です」
「今度のキックオフミーティング、とっても楽しみネ」
彼女は紗季の肩にポンと手を置いて、その場を去って行った。


(やっぱり、忍ヶ丘課長は凄い人だなぁ…)
改めて彼女の高い能力を目の当たりにした紗季は、机の下でグッと拳を握りしめて気合いを入れ直した。

(…私も、負けてられないな)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?