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【備忘録SS】それは「静かな」挑戦状。

「ワタシ、四条畷課長のこと全然認めてませんから!」
彼女……市川春香はそう言うと、プイっと顔を背けてその場を立ち去って行った。


(あちゃーっ、もしかして選択肢を間違ったかなぁ)
某ギャルゲーの選択画面が頭に浮かんだ四条畷紗季は、とりあえず待たせていた広告代理店の女性担当者に頭を下げた。
「申し訳ございません、業務の引き継ぎが上手く行っていないばかりかお恥ずかしいところをお見せしてしまって……」

「いえいえー、別に全く構いませんよぉ」
ふわっとした雰囲気の彼女は、軽くウェーブした髪を揺らしながら楽しそうに応える。
その感じにどうも見覚えがあった紗季は、まじまじと姿を見て、あ、と声を上げた。
「皐月さん、あなたここで何しているの?」
「なにって、クライアントさんとの打合せに来ているのですよ」
手渡された名刺には、代理店の会社名と所属部署、そして尼崎皐月の名前が記されていた。

外部研修で彼女と出会ったときは、確か文具メーカーのマーケティング担当だったはずだ。
「少し前から決まっていたけれど、研修のときはまだ話せなかったんだぁ」
紗季の表情を見て、皐月は詳しく事情を話し始めた。
「わたし、元々こっち側に興味があったのだけど、クライアントさん側の気持ちも理解するためにはメーカー勤務も必要かなと思って。事情を理解して貰えた前の会社に期限付きでお世話になっていたんだぁ」
(さ、さすが【ゆるふわネットワーク】の操り手ね……)
さらっと凄い経験を話している皐月に、紗季は心の中で思った。
気を取り直して、本題に入っていく。
「それでは、秋の新商品に関してのプロモーションですが……」


「ふう……」
6階のコミュニティスペースに設置されている紙カップ自販機の前で、カフェラテを両手で持った紗季は、先ほどのやりとりを振り返っていた。

『わたし、全然認めてませんから!』
(妙に警戒されている感じはしていたけれど、明確な敵意を向けられたのは久しぶりね)
紗季がこの会社に入ってから、やっかみや非難を受けることはそれなりにあった。
勿論、それなりに上手く躱していくスキルも身に付けてきたのだが、同じ部の2つ後輩となる市川春香だけは、最初から紗季に思うところがあったようだ。
(少し、調べてみようかな)


「久しぶり、由香里ちゃん」
「どもです紗季さん、ランチのお誘い嬉しかったです」
本社商品開発部の祝園由香里は、メニュー表をパタンと閉じて微笑んだ。

彼女は紗季の1つ後輩。社内研修がキッカケで仲良くなり、年に1回は国内旅行に出掛ける仲だった。
商品開発部不動のエース、御幣島密チーフの右腕として、最若手ながらチームの牽引役を務めている。
「それで、わたしに訊きたいことがあるとか」
ランチセットのサラダを突きながら、由香里は紗季に尋ねた。
「そうなの、ちょっと市川さんのことで」
「ああ、【プライドお嬢サマ】の件ですか」
由香里の口から、聞きなれないワードが出てきたので、紗季はその先を促した。
「市川さんは、入社してからずっと本社勤務なんです。それも、割と華々しい部署ばかりに配属となって」
パスタ皿を運んで来た店員に頭を下げた由香里は、フォークで器用にくるくると麺を巻きつけていく。
「ん、美味しい」
「要するに、勘違いしてしまったと」
「いえいえ紗季さん、彼女は才能あるんですよ。だから勘違いというよりは、自分は選ばれた人間だというプライドが、どんどん大きくなっている、というのが正しいですね」

「なるほど」
紗季はそこで、ようやく春香の行動に合点がいった。
「要するに、どこの馬の骨とも分からない私が担当課長でひょこっと来たから、彼女は面白くないのね」
「うーん」
紗季の指摘に、まだ首を傾げている由香里。
「おそらく、紗季さんのことは以前から認識していたと思いますよ」
「え?」
「これは、憶測レベルとして聞いて欲しいのですが……」
声のトーンを落として、由香里は紗季に囁いた。
「彼女、【京田辺教授のファンクラブ】に入っているみたいなのです」

「……はい?」


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