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【備忘録SS】それは「マホウの」3秒間。

「四条畷課長〜、総務部から内線でーす」
「あっはい、転送4407にお願いします」
まだ慣れていないIP電話を何とか操作して、四条畷紗季は受話器を取った。
「……お待たせしました、四条畷です」


「引っ越しは落ち着いた?四条畷さん」
書類の入ったクリアファイルを受け取りながら、マーケティング部副部長の寝屋川慎司が尋ねた。
「はい、段ボールは全て片付けましたが細かいところはこれからですね」
印鑑をペタペタ押している彼をぼうっと眺めながら、紗季は何とはなしに応える。
「……あまり、気負わなくてもいいよ」
書類に目を向けたまま、寝屋川が話し始める。
「個人で出来ることには限界があるから、まずは目の前のことを少しずつ、ね」
「寝屋川副部長は、随分と落ち着いていらっしゃいますね」
紗季と同じ時期に異動してきた彼は、1週間ほどで既にこの部署に馴染んでいるように見えた。
「んー、僕は前にこの部署に居たからね。その時はまだ一般職だったけど」
さらりと応える寝屋川。

部内の着任挨拶で知ったが、彼はこれまでに結構多くの部署を経験していたことが分かった。
(所謂ゼネラリストなのね、寝屋川副部長は)
これまで本社でも色々な部署と関わりを持って来たのか、寝屋川はよく声を掛けるし掛けられる。●●支店の「とんかつ課長」時代しか知らなかった紗季は、彼の実力を改めて認識し直していた。

「まぁ、いずれにしても……」
押印済の書類を返しながら、寝屋川は紗季に言った。
「僕も応援しているよ。四条畷さんのことを」
「……はい、有難うございます」
何を応援しているかを尋ねるほど、彼女も野暮ではない。
そこに込められた複数の意味を感じながら、紗季は頭を下げて彼のデスクを離れた。


本社に勤務すると、独特の緊張感が生まれることを、事前に多くの人から聞いていた。
他人の所為に出来ないことや「本社なんだからこれ位出来て当たり前、ましてや経営職でしょう」と言った細かいプレッシャーの積み重ねがじわじわと身体にダメージを与えている感覚を受ける。

これまで何とか被っていた四条畷担当課長の仮面が、パラパラと欠け落ちていくような錯覚を覚えた紗季は、ふと頭の中に大切な人から以前掛けて貰った言葉が、思い浮かんできた。

『四条畷さん、目を閉じてゆっくり3秒間ずつ、深呼吸をしてごらん』

紗季は瞳を閉じて、鼻から深く息を吸い込み、肺に溜まったそれをゆっくりと口から吐き出していく。
3秒+3秒を3セット繰り返した頃には、彼女の前に広がるセカイは落ち着きを見せていた。

『それは、【ココロを整える魔法】を唱えるための、大切な時間なんだよ』


「……っし、もう一踏ん張りしますか」
うんと伸びをした紗季は、再びPCへと向かって、キーボードを軽快に叩きはじめた。



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