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小説「走る、繋ぐ、生きる」第7話

【歩子@0マイル、Staten Island, NY】

歩子の場所から、スタートラインは見えない。
見えるのは、人、人、人。
スタートまで後、15分。自分でも恐ろしい程、緊張しているのが分かる。

私は何に緊張しているんだろう。
初マラソンだから?
それとも、、、。

歩子は、迷っていた。ブルックリンで、ブラウン夫妻を見つけた時、自分は声をかけるべきか、いや、かけていいものだろうか、と。

歩子は、去年、ブラウン夫妻のインタビューを観た後、数日、思い悩んだ。
そして、決めた。「ジョンをニューヨークに連れて帰ってあげよう。ブラウン夫妻に会わせてあげよう。」と。そして、その方法として、ジョンの夢だった、NYCマラソンに自分が参加しようと思い立ったのだ。

ヒロリズムからではない。どちらかといえば、罪滅ぼしの様な、罪悪感からだった。

歩子は、幼少時代から、あまり身体の強い子ではなかった。
9歳の時、大きな発作を起こし、心臓に先天的な欠陥があることが分かった。彼女の病気、拡張型心筋症は、心臓移植でしか完治しないものだった。

まだ、日本では一般的ではなかった臓器移植に比べ、アメリカでは、脳死ドナーからの移植が多く行われており、両親は、アメリカでの駐在期間を移植手術が終るまで延長させて欲しいと会社に頼んだ。

歩子の小さな身体に適合するドナーは中々現れず、数年が過ぎた。最初は、内服薬と運動制限で、なんとか学校にも通えていたが、12歳を過ぎた時には、入院生活で生き延びているという状態になっていた。

その歳になると、歩子も、臓器移植の意味が分かってくる。

お父さん、お母さんは、適合する心臓が現れてくれるのを心待ちにしているけど、それって、誰かが死んだから可能になることだよね。

私の命って、誰かが死んでくれてないと助からないっておかしくない?
もし、心臓移植を受けたとして、、、私の命は、誰かの不幸の上に成り立っていることになるんじゃないかな?

そんな風に思い始めると、歩子は、もう移植は受けたくない。受けずに、このまま神様がくれた分の命だけで、死ぬほうがいいと思う様になっていった。

しかし、そんな歩子に、巡ってきたのだ。

歩子と同い年の男の子の心臓が。

両親は涙を流し喜び、歩子は、複雑な気持ちのまま、でも、両親の希望を奪いたくなくて、手術を受けた。

手術は成功し、歩子は、自分の手足、身体の温かさに驚いた。

健康な身体って、こんなに気持ちの良いものなんだ。
自然と涙が出た。生きていて良かった。もっと、生きたいと思った。

そして、歩子に生き続ける為に必要な心臓を与えた、名も知らない少年に感謝した。

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