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月子とケイタ・それでいいのだ。

「彼女とは終わりにしました。彼女は、普通に結婚して、子供を産む人生を生きるべきだと思ったし、いや、これは詭弁ですね。自分が逃げた、怖くて逃げたんです。酷い奴でしょう?だから、ずっと独身。誰とも深い付き合いが出来ずにいる。自分は親がいなくて自由に生きられると言いながら、ずっと、親が分からないことに縛られているんです。」

そう言って、ケイタ君は、顔を伏せた。涙を堪えているのかもしれない。

子供を産めなくなった女と子供をどうしても作れない男か・・・。
月子さんは、妙な可笑しみを覚えた。他人から見たら、可哀相なふたりなのかもしれないけど。

「別に乗り越えなくても良いじゃないでしょうか。」

え、っと言ったような驚いた顔をあげたケイタ君に、月子さんが話を続けた。

「辛い過去を乗り越えろとか、克服しろとか言う人もいるけど、出来ないものは仕方ないでも良いんじゃないでしょうか。」

あっさり、バッサリと言い切る月子さんに、ケイタ君は唖然としながらも、「それで、良いんでしょうか?」と、恐る恐る聞いた。

「良いと思います。変な例えですが、ほとんどの保護犬って、正体不明ですよね。どんな親、どんな血筋の犬かも分からないじゃないですか。ソラなんて、まさにどんなDNAが入っているのか、さっぱり分からない犬でしたよね。最初は黒グマで、最後は白クマになる犬なんて他にいるんですかね?青目だし。その上、シェルターに入ったら、すぐに去勢手術で子宮取られて、子供作れなくなったでしょう。でも、ソラは最初から最後までソラでしたよね。本人、いや、本犬?、全く、そんなことで自分が何かを失ったなんて、思っていなかったと思います。私の方は、今、目の前にいるソラで良いんだから、それ以上もそれ以下なく、そのまま愛していましたよ。
例え、ソラの実の親が、ヒグマで何人も人を食っていたと聞いても、驚きはするけど、嫌いになったり、怖くなったりしませんよ。だって、ソラはソラですから。」

月子さんは、ワインをグビリと飲み、話を続けた。

「私ね、自分が子宮を失って、実は自分が一番、女としての価値がなくなったと思っていたんです。親や彼氏に言われたり、思われるのには、反発しましたよ。でもね、本当は自分が一番、そう思っていたんです。だから、猛烈に反発心が湧いたんだと思うんです。でもね、ソラなんて、全然、気にしてない。去勢されようが、されまいが、気にしていない。自分の価値が下がったなんて、露とも思っていない。実際、私は、ソラを溺愛しましたから。ソラは、私にとって、最高傑作な生き物でした。自分のことも同じように思ってくれる人に出会えたら、ラッキーだけど、でも、出会えなくても、ソラが私に対し、同じように思ってくれているのを感じれたから、私は幸せでしたよ。」

ケイタ君は、目の前にいる人が、女神に思えた。
この2ヶ月、彼女のことが気にはなっていたけど、これ以上の進展はないな、と思っていた。だけど、、、、

「あ、あの、、、、柏木さん、いや、あの、、月子さん、あ、すみません、いきなり名前で呼んでしまって、、、でも、あの、今後、月子さんと呼ばせて頂いても良いですか?いや、そうじゃなくって、なんていうか、その、僕と、正式に、いや、何がどうしたら正式なのか、この年齢になると分からないんですが、兎に角、ちゃんとお付き合いして貰えませんか?いや、ちょっと待って下さい。考えてみたら、僕、月子さんよりずっと収入も低いし、素敵なお店や旅行にも連れて行ってあげたり出来ないし、ああ、すみません、僕、何を言ってんだ。」

髭面の残りの部分を真っ赤にして、頭を抱えるケイタ君に、今度は月子さんがポカンとする番であった。

正式にお付き合い、、、確かに、なんですかそれ?って感じだし、結婚を前提にってのも、もし、子供ができるとなったら、やはり法的に婚姻関係を結んだ方が子供にとって良いだろうが、だが、私たちにそれはない。
ということは、別に結婚をする必要は、、、?
そもそも、結婚って何の為にするんだろう?
彼に養ってもらうため?自分で自分の食い扶持ぐらい稼げるのに?

「東野さん、いいえ、ケイタさん、私もこれからはケイタさんって、お呼びしますね。」

月子さんが、にっこりと笑った。
結婚って何の為にするかどうかの答えは、そのうち、分かるかもしれない。

「ケイタさん、私、ケイタさんに高級感溢れるキラキラデートとか最初から全然期待してないのでご安心下さい。」

真顔で言う月子さんの発言は、ケイタ君は安心と共に悲しい気持ちにもさせた。本当は、自分の方が月子さんとキラキラデートをしたかったのかもしれない。だけど、、、、

「月子さん、そのうちバレるんで、あの、こちらの件も最初にお話しておきますね。実は、僕、高校卒業して、施設を出て、働き始めてからずっと、施設にお給料の3%を寄付しているんです。恩もあるけど、でも、なんて言うか、そこにいる子供たちの少しでも足しになればと思って。親じゃなくても、世の中には自分のことを大切に思ってくれる大人がいるのを信じられるのって良いじゃないですか。自分がそんな大人に育てられたってのもあるから、そう思えるのかもしれませんが。それもあって、僕自身、少しでもセーブしたくて、犬も飼えないボロアパートにずっと住んでいるんです。あ、でも、ご安心下さい。親の遺産もないので、老後の資金は、少ないながらちゃんと貯めるようにしていますので、月子さんにご迷惑はかけません。」

こんな人、世の中にいるんだ・・・。
お金って大切。でも、どう使うかがもっと大切なんだよね。
月子さんは感心して、ケイタ君の打ち明け話を聞いていた。

「それから・・・」
「え、まだあるんですか?」

これ以上、どんな話が出てくるのか、月子さんはワクワクした。

「あの、月に1回は、施設に顔を出すようにしているんです。まぁ、子供たちと遊ぶのが目的なんですが、実際は僕の方が遊んでもらっているみたいなもんなんですけど。」

月子さんの頭の中には、その姿が容易に浮かんだ。
高校卒業したての、少年臭さが抜けていないケイタ君。きっと、施設の子達から見たらすぐ上のお兄ちゃんだっただろう。
それが、青年になり、頼もしさを感じるようになり、そして、今は、、、

「ケイタさん、ケイタさん、もうしっかりお父さん、やっているじゃないですか。」
「え?」
「だって、施設の子からしたら、きっと、ケイタさんって、最初はすぐ上のお兄ちゃんで、次は年の離れたお兄ちゃんで、今は、きっとお父さん。そのうち、おじいちゃんになるんじゃないですか?そんな生き方、私は、素敵だと思います。」

胸が詰まった。そうか、俺にはもう家族がいたのか。そして、これからも・・・。

ケイタ君は、一息ついて、思い切って切り出した。

「月子さん、あの・・・今度、もしよければ、一緒に、施設に遊びに行きませんか?」

月子さんは、少し固まり、

「私、こんな性格だし、子供と接したことないので、大丈夫かしら。怖がられないでしょうか?そもそも、私、昔から子供は苦手な方ですし。」
と、返した。

どんな場面でも、変に空気を読まず、本音トークの月子さんらしい反応に、ケイタ君は、思わず吹き出した。

「絶対、大丈夫です。月子さんが苦手でも、きっと、子供達は月子さんみたいな人が大好きですよ。」

月子さん、あなたはあなたが思っている以上に母性溢れる女性ですよ。
ケイタ君は、目を細めて、月子さんを見つめた。
そんなケイタ君を見て、月子さんもニッコリと笑った。

「そうかしら。それなら、私たちの初のキラキラデートは、そこで。」

月子さんとケイタ君は、二人でワイングラスをカチンと鳴らした。

(おしまい)

追記:天界で、スカイとマルコは、ふたりの様子をハラハラ・ドキドキしながら観ていた。
「あー、もう人間ってホント、手がかかるわ。」
嬉しそうにボヤくスカイに、マルコは、”君のお世話も手が掛かるよ”、と心の中で呟いた。



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