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品物クリエイター 〜エッセイ編〜

マリメッコ」というブランドで、お気に入りの生地がある。

その生地は、ネイビー地に白の特徴的な水玉模様があしらわれた「ユルモ」という名前の柄。
フィンランドにある岩だらけの島jurmoユルモを大小の水玉で表現しているそうだ。

わたしは吉本興業の漫才師・和牛さんのファン、つまり「仔牛」である。

ボケの水田さんが数年前まで着用していた漫才衣装は、マリメッコのユルモ柄生地を使用したものだ。

仔牛が高じて、わたしはユルモ柄の品物クリエイターをめざすことにした。
マリメッコの店舗へ生地を買いに行った。



マリメッコの店頭で販売される生地は、反物のようにぐるぐると巻かれている。

幅はわたしの身長より少し短いぐらい。
そして、ユルモ柄はずっと一続ひとつづきで、縦に模様が一巡するのにはチェ・ホンマンの身長を要する。

かなり大きな水玉で、不均一な柄なので、生地のどの部分を使うかによって、印象がまるで違う。

白が多めの部分と、ネイビーが多めの部分。
大きい水玉の部分と、小さい水玉の部分。

水田さんの衣装に使われている、大きい白の水玉部分が、どう考えても一番可愛い。
牛肉でいうところのヒレだ。

逆に、ネイビーが多めの部分は地味で、遠目に見たら水玉かどうかも分かりにくい。
失礼ではあるが、筋が固くてパサパサした部位だ。



店員さんに生地の購入について問い合わせてみた。
生地の端から希望の長さをカットするので、前のお客さまが購入した最終地点が、自動的に次のお客さまのスタート地点となる。

ここからここまで、と気に入った柄の部分だけを指定して購入はできないとのこと。

確実にヒレ肉を手に入れたいのなら、和牛を丸々一頭買いすればいい。
すなわち、生地の柄が丸々一巡するだけの長さを購入すればいい、ということになる。

ただ、この生地は10cm単位での計り売り。
チェ・ホンマン1人分の長さを手に入れるには、2万円近く費やす必要がある。

わたしはれっきとした仔牛ではあるが、しがない会社員。
わたしにはボルボの車は買えない。
タワーマンションも買えない。

背伸びをしてユルモ柄の生地に2万円を費やすことが、ホストクラブにはまって借金を抱えるかのように、わたしの人生を狂わせる端緒となりかねない。

坂道を転がり落ちないためにも、自身の身の丈に合った長さの生地を買う。

倹約しながらも少し欲を言えば、筋の硬いパサパサの部位よりも、ヒレやサーロインの部位が多く欲しいのが正直なところだ。


わたしは京阪神のマリメッコ複数店舗に毎週のように足を運んだ。

ユルモ柄の生地の端っこを確認する。

まだか。

先週から誰かが購入して、ヒレが端っこに来ていないか。

いや、まだまだ。

「今か、今か?」と期待を胸にマリメッコを訪れるも、その時は来ない。



毎週のように通い詰め、何も買わずに眉間に皺だけを寄せて帰って行くブラックリストスレスレのわたしに、ある店員さんが話しかけてくれた。

その一言は、まさに目から鱗。
わたしはこの時ほど鱗が落ちた経験をしたことがない。

幼い頃父から教わった「目から鱗」という言葉。
目に鱗がピタッと張り付いてしまうと、視界がぼやけてよく見えない。
それが、なにかの拍子に目から鱗が落ちると、視界がクリアになる。

わたしは、いつの間にかコンタクトレンズのように、目に鱗を張り付けてしまっていた。
そんな状態でいくらマリメッコに通っても、物事の本質は何も見えない。

鱗ビッシリのわたしに、店員さんがかけてくれた言葉とは。



逆側の端っこも見られますか?



世界が開けた。



生地の端っこは、見えている片方だけだと思い込んでいた。

そうか。

巻き寿司だってそう。
食パンだってそう。
端っこは二つある

反物のようにぐるぐると巻かれていて、片方の端っこしか目に入っていなかった。
しかし、ぐるぐると巻き込まれた内側に、もう一つの端っこはある。

店員さんは大きなテーブルで丁寧に生地を解いていく。
巻き戻されて巻き戻されて、ようやくお目見えした端っこは、大きい白の水玉模様。


文句無しのヒレだ。



この端っこから70cm、買います
わたし、買います。」



長い道のりではあったが、ようやくクリエイターとしてのスタートラインに立った。
さぁ、クラウチングスタートだ。





一人暮らしのわたしの自宅にミシンはない。

ただ、ミシンを購入することが人生の坂道を転がり落ちることに繋がりかねないため、創作は実家で行うことにした。
古いミシンだが、簡単な裁縫には十分だ。

実家で家族と過ごしたい。
両親の手料理が食べたい。
いや、それより何より、一刻も早くミシンを触りたい。

毎週末のマリメッコ巡りに終わりを告げると同時に、毎週末の帰省が始まった。



わたしが仔牛ということを、家族は知らない。

毎週のようにミシンを活用するわたしを「また変なことを」と横目で見る母親。

母「何でその柄ばっかり使うん?」

わたし「いやぁ〜、なんかさ。もしかしたら、ちょっと可愛いかもなーと思って」



リバーシブルでお弁当巾着を作った。
片面はユルモ柄。もう片面は白と黒の乳牛柄。
和牛さんを表現した唯一無二の品物。

母「両面とも柄物やったら柄が喧嘩するやろ。片面は無地にした方がバランスええんちゃうん?」

わたし「え?そうかな? もしかしたら、このバランスがちょうどいいかもなーと思って」

決して仔牛と悟られぬよう、冷静を装ってかわす。
30代にもなって、家族に心配をかける訳にはいかない。



ユルモ柄のポッケをつけた渾身のエプロンを、姉にジャジャーンと披露した。

姉「へぇ〜何それ、いつ使うん? 焼肉食べる時に着けるん?」

わたし「そんなはずない。タレが飛んだらどうする? 紙エプロンとは訳が違う。考えられへん」

仔牛根性がうっかり出過ぎることもたまにはある。





いやどんだけ和牛さんの話ばっかりするねん。

もうええわ。

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さて、次回の #クセスゴエッセイ は

「エンジョイ株式市場」

をお届けします

お楽しみに〜
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