ダウン症のユーキくんと僕 (6)
1)習慣をつくる
ドライブへ行く前に、お風呂に入る。
この流れが習慣化してきた。
声をかけなくても、僕の顔を見ただけで脱衣所へ行って服を脱いでいることもあるし、僕がやってくる前から自主的にお風呂へ入っていることだってある。
当初は早くドライブに行きたいがために、シャワーを浴びることしかできなかったけれど、いまではゆっくりと湯船にも浸かることができるようになった。
自分で洗体をすると洗い残しがあるため、僕が介助しているけれど、ここでのコミュニケーションもユーキくんは楽しんでいるようだった。考えてみれば、いままで家族以外からこんな風に体を洗ってもらったことなんてないのかも知れない。
こんなサービスがあったら、僕も利用してみたい。そんなことを心がけながら、僕は支援をしている。
2)髭は剃るべきか?
お母さんの話によれば、ユーキくんはなかなか髭を剃らせてくれない。週に1度、訪問した際は、いつも髭がかなり伸びていた。
障害のある人の中には、髭を生やすことで安心する人たちがいる。手で髭を触ることや、顔の周りに守られている何かがあるという感覚が、安心感をもたらすのだろう。
さて、ユーキくんの場合は、どうだろう。
普段から髭を触っている様子はないのだけれど、髭を生やしていることに彼なりに何か理由があるのかもしれない。それでも、周囲の人たちにとっては、20代らしくサッパリした印象になった方が良いはずだ。こればっかりは、僕も顎髭を生やしているから強制はできないんだけれど。
普段は髭を剃らせてくれないから、入浴のとき、体を洗う前に髭剃りを組み込むようにすると、全く嫌がる様子もなく、行うことが出来た。そしてお風呂から出たあとは、お母さんと一緒に「きれいになったね」「さっぱりしたね」と過剰なくらい称賛を行った。誰だって褒められたほうが良いに決まっている。
3)楽しみの選択肢を増やす
もうひとつ大きく変わったことといえば、ドライブに行く目的ができたことだ。
これまでユーキくんのドライブに行くという行為を分析してみると、自分から「◯◯に行きたい」という訴えはなかった。
公園やスーパーなど、お母さんが準備したいくつかの選択肢から選んでいたんだけれど、目的地についたからと行って車から降りるわけではないのだ。
そこで、ドライブへ行く目的をつくることにした。
ときどき、お母さんとCDやDVDを借りに行っていたTSUTAYAへ、僕とユーキくんで週に1度行くという流れをつくった。
ユーキくんは返却ポストに先週まで借りていたCDやDVDを返すと、僕の手を引いて階段を上がり、真っ先にCDコーナーで大好きな「ゴールデンボンバー」のCDを1枚選んで借りる。きっと過去に何度も借りたものなんだろう。そして、アニメのDVDを2枚ほど借りて、外の自動販売機でジュースを買ったあと、ドライブをして帰宅。
この流れが定着してくると、僕は楽しみの選択肢を増やすことにした。
TSUTAYAに行って好きなCDやDVDを借りたあと、ユーキくんが以前行くことが出来ていたゲームセンターやカラオケボックスへ立ち寄ってみた。
ゲームセンターでは、マリオカートや「太鼓の達人」を楽しむことができたし、カラオケボックスでは、歌うことはできなかったものの、マイクを口に当てて大好きな「ゴールデンボンバー」のミュージックビデオを観て楽しんでいた。
そして、僕らが行き先を決めるのではなく、写真カードを準備し、毎回ユーキくんに行きたいところを選んでもらうようにした。継続することで、ユーキくんから意思表示をしてくれるようになったら嬉しい。
4)カレンダーで楽しみを伝える
さらに、僕がやってくる日(楽しみ)を伝えるために、日めくりカレンダーを使うことにした。
障害のある人のなかには、通常の横並びのカレンダーが理解できない人がいる。左端の日曜日から始まって、右端の土曜日にまで行くと、また左端に戻る。これが理解できない人が、とても多い。
幸いなことに、ユーキくんは1日が終わるとマジックでカレンダーを塗りつぶすということをやっていたから、その特性を利用することにした。塗りつぶす、つまり無くなったら終わりという概念は理解できるのだ。だから、日めくりカレンダーを目の付く位置に設置しておくと、1日が終わったら自分で破り捨てることができた。そして、僕の訪問日に僕の写真を貼って、あと何日で僕がやってくるかを視覚的に分かるようにしたのだ。
この取り組みが功を奏しているのか、僕が来たときは既に湯船に浸かって待っているなんてこともある。
5)役割を持つ
「誰かの役に立っている」という喜びは、障害の有無に関わらず何ものにも代えがたいものだ。
ユーキくんが毎日家で出来る役割として、朝起きたとき、リビングのカーテンを開ける仕事をお願いした。ちゃんと出来たら、ホワイトボードに丸印をつけることで、誰が見ても視覚的に成果が分かるよう配慮した。もちろん、ちゃんと出来ていたら、お母さんから「ありがとう」という言葉をかけてもらう。ユーキくんは、お母さんの声掛けに対して、いまは手を小さく動かして応えるだけだけど、僕はそれがいずれ大きな反応になることを願っている。
6)文字を描く
ユーキくんは、テレビ番組などに映る番組名やテロップを記憶して、不思議な字を描いている。
可読出来ない文字もあるけれど、どうやら文字を「記号」のように覚えているようだ。しかも面白いことに、お父さんが仕事で使った書類やカレンダーの裏面などにしか描かないのだ。
この文字を、もっといろいろな人から認知されるやり方に変えてみることにした。
もっと大きな紙に、もっと大きな筆で。
つまり「書」だ。
入浴してドライブから帰ったあと、大作を描くという流れがいまは出来ている。
面白い字が毎回生まれていて、僕もお母さんも、何よりユーキくん自身も手応えを感じているようだ。
みんなから認められている、自分が必要とされている。
そうしたときに見せてくれるユーキくんの誇らしげな顔が、僕は大好きだ。
「夜会」というのは、TBSテレビ『櫻井・有吉 THE夜会』のこと(笑)。
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