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チュドーン「第25~27話」

第25話  チュドーン①

男が人質をとってコンビニエンスストアにたてこもった。
桜井幸太郎 42才 独身 無職。おなかに爆弾を巻きつけ、手には起爆装置を持っている。
そのスイッチを親指で押していて、離せば爆発する仕掛けで、爆弾は店を吹き飛ばす威力とうそぶいている。
警察と野次馬が店を遠巻きに取り囲んだ。 

警察や男の母親が説得を試みる緊迫の時間が過ぎる。
要求は、長年応援してきたアイドルの「姫野クンチャン」が先日発表した婚約を取り消し、彼に謝ることだそうだ。婚約者が自分より年上だったことが許せないらしい。
もう、事件発生から30時間以上が過ぎて彼の右手の親指も限界に来ているのは明白であり、危険この上ない状況となった。
警察は一計を案じて、偽の婚約解消動画を作ってネットに流布した。
「クンチャンさんは婚約者の不貞が発覚したため婚約を解消するそうだ。嘘だと思うならネットで確認し、直ちに人質を解放してくれ」
男は早速携帯でそのニュースを確認し、警察に向かってグッジョブと手を突き出して「いいね」をした。

チュドーン

仮想空間でしかコミュケーションできない奴に本物の爆弾を持たせてはいけない。

第26話  チュドーン②

その宇宙船は数か月の宇宙任務を終了し、地球に向かっていた。
「船長、地球が大きく見えてきました。いよいよ家に帰れますね」
「そやな。初飛行だったけど、何とか無事に帰れそうやな。やったことと言ったら、点灯したらボタンを押すという仕事だけやけど、さすがに疲れた。早よ帰って重力の基で芋食って屁こいて寝よ」
船長は大阪出身。若いころはネギ焼きで三人のやくざをぶちのめしたという武勇伝を持つ強者だ。
「船長、いよいよ大気圏突入です。突入速度と角度の最終チェックを行います」
「そんなんコンピュー太郎君に任しとけ。今までそれでOKやったやろ。大丈夫や。知らんけど」
「しかし地上基地からの無線も一時切れますし、緊急事態時のマニュアル運転に備えないと」
「そやから、お江戸のインテリは見てくれ人間て言われるねん。蕎麦食うのも蕎麦ツユけちるし」
「蕎麦ツユと入射角は比較事例として理解が難しいです」
「納得してないのに誰かに言われた通りやるという意味で共通やろ。速度と入射角は蕎麦とツユの関係や。いざとなったら美味しい方でいこうや」

船は大気圏に突入した。
「せ、船長、アラームが。マニュアルに切り替えて補正しますか? 温度が異常に上がってます」
「あほくさ。こんなに揺れているのにできるかいな。コンピュー太郎君がやってくれる。こいつも死にたないやろ。大丈夫や。知らんけど」

チュドーン

現在の技術レベルでは、大阪出身の「大丈夫や知らんけどおじさん」は宇宙に行ってはいけない。

第27話  チュドーン③

その店は、江戸時代の寛政年間から四百年ほど続く由緒ある京都の老舗漬物店である。

今日は、有名俳優率いるテレビのスタッフを迎えて店の取材を受けていた。
「女将さん。その樽は?」
リポーターがいかにも古い漬物の樽を指した。
それは他の漬物樽より大きく、直径1メートル近くあり、樽全体がおどろおどろしい苔ともカビとも見える得体のしれないものに覆われていた。蓋とのつなぎ目に薄茶色のもっこりと石化したものが盛り上っている。塩の塊であろうか。
そして何よりもその樽は、ぷっくりと膨らんでいる。積年の発酵で強大な内圧があるのだろう。
「ようお気づきにならはりましたなぁ。これは、この店の創業当時に初代の当主はんが漬けはったもんどす。今日まで大事に代々受け継いできた、いわば当店の家宝どす。家にとって特別の日にのみ開けるべしとの相伝どすえ」
もしこれを開けることができれば、テレビ的にはこれほどのインパクトのあるコンテンツはない。
促された有名二枚目俳優が女将さんに開けるよう懇願し、女将さんはためらいながらも俳優の色気に押されて承諾した。

七人の神主が祝詞を上げ、十一人の僧侶が経を詠んだ。町中の人がどんどんと樽の周りに集まり、あるものは興奮のあまり泣き出し、あわて者は茶碗と箸を持っていた。知人に最後のお別れを告げて駆けつけた老婆はすでに樽の前でへたり込んで拝んでいた。
「ほな、開けますえ」
一同はこの希代の瞬間に固唾を飲んだ。
「ひい・ふの・みい ・・・。 ほんまにえらいすんまへん。やめときます」
茶碗の割れる音が響いた。老婆の入れ歯が前の御仁のスネを噛んだ。
「よう考えたら、今日おうたばっかりの方に家宝の漬物をふるまうわけにはいきまへんなあ。お集りの近所のひとに笑われます。体が悪いわあ。またよいとき、よい人とおいでやす」

「ほなさいなら」

京の都はこれまで1200年以上の間、そしてこれからも永遠にチュドーンはない。

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