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パナソニックが取り組むDXの理想と現実

古めかしい社内の情報システム

大変お恥ずかしい話ですが、実は、パナソニックの情報システムは、この20年間進化が止まっていました。

その主たる要因は、グループ内のそこかしこにある目に見えない負の遺産です。これは、システムを刷新すれば解消するという単純な話ではありません。現場には「10年、20年慣れ親しんだシステム上で続けてきた確立した業務プロセスである」とか、「現状のやり方でうまく回っている」といった変化を恐れる風土ができてしまっていました。

こうした負の遺産を残したまま、仕事のやり方を変えずに社内システムを拡張してきた結果、ツギハギだらけの複雑な情報システムが構築されてしまいました。パナソニックは長い歴史の中で様々な会社や事業が統合や分離を繰り返してきたため、地域、会社、事業ごとにシステムが個別最適化されています。現在も、メインフレームで動くレガシーなシステムも残っています。

2年前のパナソニックグループのITシステムの実態

データを地域、会社、事業ごとに保有していたため、マスターデータもバラバラ、システム開発や保守メンテナンスを委託するソフトウェアベンダーもバラバラな状態です。そのため、ERP(Enterprise Resources Planning:基幹系情報システム)が経営数値をリアルタイムで出力することすらできません。月が締まっても私が前月の全社経営数値を確認することができるのは15日後という状況ですから、経営のスピード化とは程遠い。これが20年続いてしまっているのです。

「これではいかん」ということで、私のグループCEO就任と同時に、P&G・ファーストリテイリング・アクサ生命で辣腕を振るわれた玉置 肇(たまおき はじめ)氏を招聘し、グループCIOに就任していただきました。彼は「Panasonic Digital Transformation(ITやシステムの変革)」ではなく、「Panasonic Transformation(PX:風土や業務プロセス、働き方を含むパナソニックそのものの変革)」に取り組むべきだとし、現在PXを強力に推進してくれています。

玉置氏の就任で、PXが始動

PXへの取り組み

過去の情報システムが負の遺産であるのはITの問題ではなく、古くから続く業務プロセスを是とし、変化を恐れる組織風土に問題の根幹があります。そのため、PXでは情報システムの変革にとどまらず、一人ひとりの考え方や組織風土、現場の業務プロセスそのものの改革を進めようとしています。

パナソニックには約1万人の情報システムのスタッフがいます。まず彼らを覆う風土を変え、その上で社外の取引先も含めたサプライチェーンや業務プロセスを変革し、それをシステムに実装することで、不可逆な変化を起こすことを考えました。

情報システムの変革はモダナイゼーション(古くなったハードウェアやソフトウェアといったIT資産を、最新の製品や設計に置き換えること)やデータ連携だけでなく、風土や業務プロセスそのものの変革が最重要と捉え、取り組みを進めてきました。

とまあ、「進めてきた」と言えば聞こえは良いのですが、実態は「総論賛成・各論反対」の高いハードルがいくつもあり、遅々として進まなかったという実態があります。

トランスフォーメーションの理想と現実

内輪の恥をさらすようですが、以下が現場や幹部から寄せられた生の声です。

これが現場の実態…

呆れられてしまうかもしれませんが、案外どの会社でも「あるあるの話」ではないでしょうか。現場からは「今の業務プロセスをやめても問題ないか判断できない」や、「自分たちだけではできない」。幹部からも、「手作業でできているから、このままで良いのでは?」や、「今のやり方を変えることは無理だと現場が言っている」といった発言が出てくる有様です。

これが我が社の現場の実態です。しかし一方で、これこそがまさにパナソニックが不退転の覚悟でPXに取り組まなければならないことを確信する機会にもなりました。

覚悟と結束

私たちは春と秋に全役員が集まって1泊2日の合宿を行うのですが、2023年3月に実施した合宿は、パナソニック ホールディングスの全役員、全事業会社の社長、各社のCIOも加えて行いました。

ここで出た意見が以下の通りです。

2023年3月 役員合宿で出た意見

おもしろいもので、やはりトップが集まると、だいたいこういう前向きな話になるものです。そして、「議論で終わってもなんの変革にもならへん」「経営のスピード化、各事業の競争力獲得のためにPXに取り組むぞ」「それに必要なのはトップのコミットメントだ」「本当にみんなコミットするんだな?」ということで、全員で「PX:7つの原則」としてマニフェストをつくり、署名をしました。

PXの7原則

もちろん、私も玉置も署名しています。「署名したからにはやるんよな?」ということです。これにより、グループ経営陣全員が、すべての経営データを連結し、パナソニックグループのパーパス「幸せの、チカラに。」を実現することにコミットしました。ちなみに、このマニフェストの取り組みは、ヤマハ発動機様から学ばせていただいたもので、大いに感謝しています。

PXの7原則

PX 7原則の全体像

まず、PXの活動は、すべてのステークホルダーのために行います。もちろん、従業員も含めてです。そして、その活動は経営者が責任を持つことにコミットします。自らプロセスオーナーを任命する。これが大前提です。

そして、変革がされず、硬直化していた業務プロセスを絶えず進化させます。システムを開発するのでなく、システムを開発する前にまずプロセスを簡略化するということです。なくても困らないプロセスは廃止するし、差別化できないようなプロセスはERPの標準機能を使って業界の標準に合わせていきます。

必要かつ当社が強みを活かして差別化できるプロセスは、進化し続けるような仕組みで標準化します。こういうプロセスを簡素化・標準化し、システムに落とします。それを経営者が責任を持ってキッチリ見届けます。

これらによって、正味付加価値を生まない業務をITで効率化して、従業員はお客様価値の創出に集中できる環境を整えます。そして、その業務で改善・改革・革新を更に進めば、それが競争力の源泉になると考えています。

データの利活用の観点で言えば、経営陣・全従業員全員が、データはお金や人財と同じく大切な経営資源であることを再度強く認識し、経営に活かすことに取り組みます。

パナソニックグループは、多様な事業で数多くのお客様との接点があります。そのお客様を誰よりも理解する会社になるために、全従業員が意識してデータの価値を見つめ直して、多様なお客様接点の情報をグループで統合し、最大活用することで、より大きなお客様価値に変えていくことに取り組みます。

そして最後に、業務プロセス変革とデータ利活用を実践できる人財を確保します。これは樋口社長が率いるパナソニック コネクトが先んじて始めていますが、従業員に対しChatGPTの利用を開始したり、最新テクノロジーを使いこなすために必要なスキル・リテラシー教育の機会を提供していく取り組みとなっています。これらを通じて、グループ一丸でパナソニックをDX:トランスフォームすることを加速していきたいと考えています。

繰り返しになりますが、PXは(手段としての)デジタルを駆使した業務・仕事の競争力強化のタスクですが、その活動範囲は、モノづくりの現場の革新にも広がっています。

PXはモノづくりの現場革新にも展開

これはトヨタ自動車様から学んだカイゼン思想と、このPXを組み合わせてサプライチェーン全体でオペレーション力の強化に取り組むものですが、これを各事業会社の代表拠点でやっています。ムダ取りをデジタルの力を使ってどんどん推進する取り組みです。

一例を挙げれば、当社の敦賀(つるが)拠点では、生産LTや安全在庫を半減する成果が上がっています。各事業会社の先行拠点で同様の取り組みで成果が上がっていますが、これをグループの全ての拠点に展開し、グループの成長に繋げていきたいと考えています。

モノづくりの現場におけるPXの成果例

パナソニックグループが取り組むデジタルトランスフォーメーションの現実、緒に就いたばかりですが、皆さんの参考になれば幸いです。


※本記事は、SAPジャパン株式会社様が2023年9月21日に実施した、SAP Select Tokyoで私が講演させていただいた内容の中の、Digital Transformationに関するダイジェスト版です。

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