羽音の形
目を閉じても眠れない夜があった。
そこに、大きな理由はなかった。
なんとなく体調が良くなくて、体は疲れているのに頭の中は冴えていた。
眠れない。
そう自覚してからも何度も眠ることを試みたが、眠れない。
暗い部屋で何度もスマートフォンの画面を開いては閉じて、ついには今日の睡眠というものを諦めた。
部屋の明かりをつけて体を起こす。
まだ、窓の外は暗い夜の中だった。
家の目の前を走る大通りでは箱のようなタクシーばかりが動いていた。
何作かアニメやドラマを見て時間を過ごすうち、次第に外の空気がうっすら白く、明るさを帯びてきた。
頼りなく淡い青の空に、まだ少し遠い朝日の朱が差す。
目の前にぽっかりと明るい月が見えた。
眠れずに明かした夜が少し、報われたような気持ちになった。
ベランダに出る。
いくつも朝の鳥の声が耳に届いた。
パタパタと羽を重ねて空を駆ける音がやけにくっきり聞こえる。
いつも忙しなく車が行き交う道を前にしたベランダから、こんなにも命の音が形を持って聞こえるのが不思議だった。
道路に目をやると、数は少ないがやはりトラックやタクシーが走っている。
鳥の声を聴きながらふと、この一つひとつの箱の中にも人がいて、この音も動きも人の動きであり生きている音なのだと思った。
この夜この街は、人は、一度も眠らなかった。
気がついていないだけで。
見ようとしていないだけで。
毎日様々ないのちが様々な音で、形で、美しく生きているのかもしれない。
スケートボードに乗った一人の青年が、今日を始めたばかりの道をまるで自分のもののように自由な姿で駆けていった。
もっと朝の空気を全身で吸い込みたい。
外に出る。
朝早くからどこかへ向かう人の姿とすれ違う。
顔を上げると、太陽が頼もしく紅く今日を照らしていた。
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