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『待ってる、楽しく』第一話

 夫が猫のように丸まってしまった。
いや猫そのものになって丸まってしまったというべきかもしれない。
猫になってしまったのだから当然仕事にも行かなくなった。
私には猫に満員電車に乗ってねという気持ちは湧いてこなかった。

 この猫はまったく大学時代から猫らしくないほど、勤勉だった。休むこと、遊ぶこと、気を抜くことをしなかったし、たぶん教わらなかったんだと思う。
猫が唯一の遊び相手に選んだのが私で猫と私は大学生にして結婚することになった。

 娘の愛菜が生まれたのは猫が23歳の時で入社したばかりの会社では持ち前の勤勉さを発揮し若いながらに仕事を任させるようになっていた。
小心な猫は、少数精鋭という謳い文句で誘い込み実態のところはただの零細企業を小心さにより選択していたので、さらに断るということも教わっていなかったようで仕事の量は当然減ることとなかった。当然帰宅は遅くなった。
 私たちをないがしろにしたつもりはなかったんだろうが、赤ん坊という話の通じない相手の対応は猫の不得手とするものだったようで育児は私が一手に引き受けることになった。
 愛菜は、気が向いたら泣き叫ぶ、あらゆるしゃぶらなくていいものをしゃぶる、私の目が届くときも届かないときも全力ダッシュを決める、パターン豊富な断りかたを披露してみせるという見事に手のかかる子供であったけど、それが面白いと思えるほどには私は育児に向いていた。

「あんたにそっくりだよ」と母が号泣している一歳になった愛菜をあやしている時に言った。
「でしょうね。覚えてないけど覚えてる。倒した仏壇の上で眠っている私の写真のせいと漆の匂いが手について気にくわなかったのをかすかに覚えてる」
「いつか弁償してもらうよ」
「いやです」と私。
母はけらけらと笑って、愛菜もつられて笑いだした。
人が笑ってると笑う子だから。
 

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