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『招いた幸せ』

 初詣の長い列に並んでいると、後ろに並んでいた中年の男が声をかけてきた。
「少しいいですか?」
 振り返って見ると、これといって特に特徴のない男だった。後からどんな男だったのかと聞かれても、その問いに答えることが難しい。それほど平凡な男だった。
 男は言った。
「私はここの神です。私の前に運良く並んだ貴方に、幸福を差し上げます」
 春先には浮かれたやべえ奴が出るとはよく聞くが、こんな元旦からも出没するのか。そう思いながら軽くため息をつき、特に返事をすることもなく、俺は参拝の列が進むのを待った。
 男は俺の態度を無視して続けた。
「家の玄関に元旦草を置きなさい。それを目印に私が幸福を届けてあげよう」と、俺の耳元で囁くように言った。
 列がなかなか進まないことに苛立ちを感じていた俺は、軽く睨みつけてやろうと再び後ろを振り返った。
 しかしそこに男の姿はなく、すぐ後ろに並んでいたのは子供連れの家族だった。辺りを見渡したが、何処にも姿はない。平凡な男だったから背景に溶け込んでしまったのだろうと思うことにした。
 参拝の順番がまわってきた。参拝中に「さっきのは本当にあんただったのか?」と心の中で唱えた。すると鈴がひとりでにカランカランと音を立てた。
 いや、まさか。風のせいだろう。驚いて固まっていると、「ご参拝を終えられた方は速やかにこちらへ」とスタッフに声をかけられた。願い事を唱えるのを忘れてしまった。
 
 帰り道、ただの悪戯だろうと思いながらもデパートの中にある花屋に寄った。元旦草とは福寿草のことらしい。おめでたい花だからか、門松などと並んで花屋に売られていた。まあそれなら、そんなに高価なものでもないし。そう思いながら福寿草を買い、自宅の玄関の外に置いた。

 それからあっという間に一年が経った。

 翌年の元旦。俺は去年と同じように、同じ神社で参列していた。
 すると後ろから誰かに声をかけられた。
「昨年はどうでした?」
 知らない男だった。これといって特徴のない平凡な男だった。
 退屈しのぎに世間話でもしたいのだろうか。俺もスマホで「あけおめメール」を送るのにも飽きていたし、世間話につきあってやろうと思った。

「何もありませんでしたよ」
「そうですか。それは良かった」

 何が良かっただ。少し不快に思っていると、男は続けた。

「きちんと元旦草を置いてくれていましたからね。私が幸福をお届けした甲斐がありました」

 昨年の初詣の記憶が蘇る。あの時の男がこの男だったのか、それは全く思い出せない。あの時と同じ顔かもしれないし、違うかもしれない。
 しかし福寿草のことは誰にも話していない。
「え、あ……貴方本当に」
「今年は貴方を選ぶことはありませんので、これで失礼します」
 後ろを振り返ると若い男女のカップルが並んでいるだけだった。辺りを見渡したが、男の姿は何処にもなかった。

 参拝中に心の中で唱えた。
「先ほどのが貴方なら、私は昨年、本当に何もなかった。本当に何も。どこが幸福なのですか」
 スタッフに促され、拝殿を後にした。また願い事を伝え損った。

 自宅に帰りスマホを確認すると、友人から返信が届いていた。
『伝えなかったっけ?喪中なんだ。今年もよろしく』
 ああ、そういうことか。
 俺は去年、何もなかった。

 了。

 1月1日の誕生花:福寿草
 花言葉:『幸せを招く』

 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

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