見出し画像

飯舘村からの報告①

 「放射線汚染が気にしなくて良い目安にまで下がるのには、飯舘村の居住域では約70年、山林を含めると約120年の時間が必要です」と京都大学複合原子力科学研究所の今中哲二(いまなか・てつじ)さんはいう。
 今中さんによると、飯舘村の面積は東京都のおよそ1.5倍だが、「そのうち、セシウム137の汚染レベルが4万―50万のエリアが2873平方キロメートル、極めて危険な50万以上が277平方キロメートルです」。
 「原発事故によるセシウム汚染は、これから100年以上続きます」と今中さんは、2023年11月3日(金・祝)に福島県の「飯舘村交流センターふれ愛館」で行われたシンポジウム「被災後12年の被害実態、暮らしと村人・村の将来を語る」で明らかにした。
。セシウムとは原子炉内の反応によって生成される放射性物質で半減期は30年。核兵器実験など使用による「死の灰」(黒い雨)や、3.11の原発事故による降下物として環境中の存在や残留が問題とされている。
 飯舘村は事故を起こした福島第一原発から北西に位置し、およそ28キロ離れている。2017年春から村の大半の避難指示が解除されていったが、まだ未解除の地区も残っている。3.11前の村の人口はおよそ6510人だったが2017年には488人。その後、回復しているものの、2021年9月1日時点では1480人にとどまっている。

今中哲二さん


 今中さんは特に山の放射能汚染をそのままにしておいていいのかと問題提起した。避難指示の解除が進められているが、除染の対象となっていない山林などの汚染は「放ったらかし」(今中さん)。
 これは2011年8月に成立した「放射性物質汚染対処特別措置法」によって、原発事故による汚染は従来の規制の枠外となり、除染対象でない山林などの放射能汚染はそのままにされた。
 ちなみに飯舘村の面積の75%以上が森林である。
 今中さんによると、福島原発事故が起きるまで、放射性物質は「環境基本法」の適用除外とされてきたが、事故を受けて2012年に適用除外は削除されたものの、その後の作業が進んでいないという。
 「政府は速やかに、環境基本法の考え方に基づいて放射性物質について「環境基準」を設けるべきだ」と今中さんはいう。

土壌汚染も深刻
 NPO法人エコロジー・アーキスケープ理事長の糸長浩司(いとなが・こうじ)さんも森林の樹木の汚染を問題視するとともに、土壌汚染も深刻であると指摘した。「汚染土壌の再利用が国の政策として進められていますが問題を抱えています」。
 法的根拠がないというのだ。「村内の汚染土壌が搬入されて、23ヘクタールの水田の基盤材として1メートル以上の深さで埋められ、その上に客土50センチがなされました。しかし、これはあくまでも実証事業であり法的根拠は確かでないままなのです」(糸長さん)。
 さらに東京電力が主体となって進められている汚染木材を原料とするバイオマス発電事業を問題視し、再考を促した。飯舘村は汚染樹皮を燃料としたバイオマス発電事業を東電主体に復興事業として進めている。
 しかし、県内の汚染樹皮は減り、このままでは樹皮の入手が困難になり、「より汚染された樹木や樹皮に頼る可能性があります。またバイオマスは燃焼時に二酸化炭素を排出し、その後回収するにも数十年の歳月がかかり、喫緊のCO2対策としてのバイオマス発電はマイナスといわれています」。
 さらに「放射性セシウム飛散」の心配や、発電所での「労働者の被ばくの可能性」という問題もあると糸長さんは語った。そして、「巨額の補助金を使う村野復興事業に、法の不備による放射性物質の拡散や最終処分場となる心配のある事業が含まれることは長期的な村の課題」だとした。

糸長浩司さん


 鈴木譲(すずき・ゆずる)東京大学名誉教授は2013年から放射能汚染地帯に棲む魚の健康調査を始めた。
 「原発・放射能をめぐる現状には我慢なりません」と鈴木さんは憤りを隠せない。そして矛先は汚染水の海洋放出に。
 政府はマスコミは一旦処理された汚染水を「処理水」と呼んでいる。しかし、鈴木さんは「ALPS処理水は汚染水です」と明確に述べた。
 「トリチウム水は水なので、水から水を取り除くことは不可能です。海の生物への影響はどうなるのか、まともに議論すらされていません」。
 「私は陸上保管すればよかったのではないかと思います。例えば10万立方メートルの石油タンクならば約13基ですべて収まります。アメリカではモルタル固化による保管が行われています」。
 それでも政府が汚染水の海洋放出を「安全だと言い張っているのは道徳観の欠如にほかなりません」と鈴木さんは語気を強めた。

鈴木譲さん


 次に兵庫医科大学非常勤講師の振津(ふりつ)かつみさんは「国、東電の加害責任、法令違反の人権侵害、医療・健康保障は被害者の当然の権利」だという。政府のこれまでの主張である「100ミリシーベルトまでは明らかな健康影響は見られない」というのは今や通用しませんと振津さん。
 2021年7月のいわゆる「黒い雨」被爆者裁判判決に倣えば、福島原発事故により「健康被害が生ずることを否定できない」被ばくを強いられたすべての人たちに、被ばくに関連する疾患罹に関わらず、国の責任で、無料の健康診断や医療支援、諸手当受給などの権利を伴う「健康手帳」を交付するなど、「被爆者援護法」に準じた法整備を行うべきだと振津さんは求めた。

振津かつみさん


 いいたてクリニック内科の本田徹(ほんだ・とおる)さんは「なぜ、原発被害者の権利が守られていないのか」を問題視して、その根拠となるはずの世界人権宣言第25条を取り上げた。
 世界人権宣言25条ーー
 「すべての人が、自身と家族の健康と幸福に十分な程度の生活水準を保つ権利を有する。その中には、食物、衣服、住居、医療そして必要な社会サービスが含まれる」
 「また、失業や病気、障害、配偶者の死去、高齢、その他自身の力が及ばない生活手段の欠如などの際に、保障を求める権利を有する」
 「母親と子どもには特別なケアと援助を求める資格がある。すべての子どもは、婚姻の上で生まれたかどうかを問わず、同等の社会的保護を享受するべきである」ーー 
 震災の直後は福島県など震災・津波被害のあったすべての地域で「医療・介護保険料および医療費の減免措置」が行われたが、徐々に打ち切られ、避難指示区域などでの支援が「特例」として10年以上続けられてきた。
 しかし、政府は避難指示解除から10年をメドに打ち切りを開始する方針を決定した。議会や住民の意見も聞かずにである。このままであれば、飯舘村も2028年に医療・介護費などへの支援がすべて打ち切られる。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?