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怪物がやってきた(ウサギノヴィッチ)

 目を開ける夢を見た。
 朝なのか外は明るくて、この季節にしては少し肌寒い。白い天井と壁、壁際にはパソコンの乗った机と本棚代わりに使っているカラーボックスが三つあった。部屋の中心にはゴミ箱が置いてあり、寝る前に飲んだ薬のゴミが入っているだけだった。
 身体を半身だけでも起こすのも面倒なくらいだるかった。昨日のはお酒を飲んだわけでもないのに起きるのがかったるい。幸い今日は土曜日ということもあり、このまま寝てしまっても問題ないということをあまり働かない頭で回答を導きだす。念のために、枕元に置いてあるスマートフォンで時間をチェックする。八時十六分。平日だったら、アウトな時間だった。さらに念のために、今日の日付を確認して土曜日だということを確認をした。
 スマートフォンの画面がブラックアウトするのとほぼ同時に、目を閉じる。暗くなった目の前にチカチカしたなにか変なもの。それは形容しがたい、もしかしたら瞼の裏の血管かもしれないものを見た。普段ならそこから、意識が薄れていくはずだった。意識が無くなり、夢の世界へと誘われるはずなのだが、すでに夢の世界にいることに気づかないので、眠ることは許されなかった。そもそも、部屋の描写がここまでリアルな夢を一度も見たことがない。だから、夢と現実を混同してしまっている。のでは、なくて、ただ単に夢の中で普段の生活を過ごしているだけなのだ。
 眠れないので、寝返りをうつ。ベッドも壁際にあり、今向いている方向は壁の方だった。頭の側にはティッシュ箱が、空箱の上に現在使用中の箱が乗ってる。これはイメージなだけであって実際は目を開けて見てみないと分からない。ただ、あそこまでリアリティのある夢なのだから、きっとあるに違いない。それでも眠れなくて、体をうつ伏せにする。これが一番寝れる体勢だった。どこかで救急車が通った音がした。だれかが彼らを必要としているんだ。無事でいるといいな。なんて、一ミリも思わない。ただ自分本位に眠れたらいいなと思ってしまう。
 静寂のときは訪れる隙はない。次は、なにかが擦れ合うような音がした。気持ち悪いと思った。ただ、それが自分の耳元でなっているのには、気づかない。ただ、ブー、ブー、ブー、と規則正しい音が鳴っていることが心を苦しめている。それは三十秒くらいだった。悪い夢でも見ているようだった。いや、これが悪い夢なことに気づかないことが、悪い夢なのだが。
 目は頑なに閉じたままだった。どれくらい経っているだろうか、いや、まだ十分しか経っていないのだが、久しぶりに不眠症の自分と戦っているようだった。苦しい。頭はだんだんクリアになっていく。昨日した仕事の失敗のハイライトが頭をよぎる。社外に送る書類の会社名が間違っていた。たった一文字、ちっちゃいところなのだが、ミスはミスだった。ダブルチェックしてもらったのに、そこは素通しだった。結局、人というものは、限界があって、重要な所は見てるけど、見てないところ見てないんだなと思った。じゃあ、そのミスにどうやって気づかないか。それは、送ったあとの文書ファイルを閉じるときに気づいたのだった。あのとき、送る前に気づいていればよかったのに。後悔先に立たず。
 目を開けたい気持ちになった。目の前に広がる自分の安全地帯である自分の部屋を確認したくなった。
 でも、今度は目の開け方がわからなくなった。普段ごく自然に行われる運動のやり方がわからない。そもそも、目を開けるということを意識してやっていたことがあるだろうか。だれにも教えてもらってないし、教本もない。目に危険なものが飛んできたときには自然に閉じていた。そして、再び開けていた。眠くなったら、自分の意志とは関係なく下がってきたし、起きるときはぱっちりと開く。今、それが出来なくなっている。昔、マンガかなにかで自分の意思で目をつぶり続けた人間が出てくる物語があったような気がする。なんだっけ。
 突然、轟音がなる。それは今まで聞いた事がないような音。エンジン音や家が軋む音ではない。自然が人間に牙を剥いている音だった。家は揺れている。でも、3.11より全然大人しい。なにかが起きていることがわかるが、そのなにかがわからない。家が揺れるのが収まる。そのときの格好は、必死に布団にくるまっていた。俯瞰的に自分の格好悪さはわかるが、それが必然だし、最善だと思った。
 布団から出ると勝手に目が開いた。壁や天井は真っ白で、壁際には、パソコンの乗った机と本棚代わりにしているカラーボックスがあった。部屋の中心にはゴミ箱があり、寝る前に飲んだ薬のゴミが入っていた。
 なにも変わっていない部屋をホッとして、枕元のスマートフォンで時間を確認すると月曜日の十時二十一分という文字があらわれた。
 急いで会社に行く準備をしたがなんとなく馬鹿らしい感じがしたので、スマートフォンで辞表を書き始めた。
 そんな夢を見た。

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