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8月読んだもの 雑観

今月読んだのは、夏っぽい作品が多かった。
そして、気づいたら9月だった。

夏の庭ーThe Friends/湯本香樹実

人が死ぬ瞬間を見てみたいと名も知れぬ老人を観察していた子どもたちはいつしか彼との交流を通して命の尊さに触れる、湯本香樹実の長編小説。

夏になったら読みたいと思っていて
ここまで温存していた作品。
本当にこの季節にぴったり。

最初は老人のだらしない生活の様子を怪訝に見つめていた主人公たちであったが、やがて一緒にスイカを食べたり、家の片付けをしたり。

そんな夏の庭で過ごす日々を通して、ただの他人として接していた子どもたちの心にも変化が生まれる。

小さい頃は「死」についてどう思っていたんだろうか。
今ふと思い返してみても、全く記憶に残っていない。忘れているだけかもしれないし、単に考えたくなかったのかもしれない。

でも、この物語に出てくる主人公たちは、そんな誰もが思うだろう疑問に対して、素直な感情で、そして残酷な純粋さを持って自ら確かめようとする。

彼らが探り探りでありながらも、自らを取り巻く環境や経験を少しづつ分かち合っている姿を見て、嬉しいような苦しいような何とも言えない感情になった。

改めて、今このタイミングで読めて良かったな。
どの人物にも感情移入できるから。

ザリガニの鳴くところ/ディーリア・オーエンズ

とある村で起こった殺人事件の捜査と、湿地の奥に一人で住む少女の生涯が並行して語られる、ディーリア・オーエンズの長編小説。

2021年の翻訳小説部門本屋大賞を受賞した作品。
さらに、著者の69歳でのデビュー作でもある。

この作品では、ひっそりとたたずむ広大な湿地でたった一人健気に暮らす少女の生涯が、彼女のその時々の感情の揺れ動きとともに鮮やかに描かれる。

未開の土地である湿地という環境でありながら、この物語から溢れ出るのは一人の少女が抱く孤独に対する抵抗、生き物が本来持つ危うさ、そして人を恋しいと思う感情だった。

次々と彼女のもとを去っていく家族、過酷な自然環境、村の人間たちの偏見の目。そんな理不尽な状況で、たった10歳の少女は自然の中で生きる術を探し、一人きりの孤独に負けないように、必死に堪えながら湿地で生きていく。

彼女が成長し、様々な生き物との交流を通して湧き出る感情に戸惑いながらも、懸命に信じられる者たちや自然とともに共生する姿には、物語の終盤へ向かえば向かうほど胸が締め付けられるような気持ちになる。

それでも、彼女が育った湿地を取り巻く生き物や環境が、最後の最後まで彼女を見守るように寄り添っているように思えたのが、何よりもの救いだった。

学びを結果に変えるアウトプット大全/樺沢紫苑

個人的に気になっていた「アウトプット」「インプット」について、イラスト付きで分かりやすく解説している精神科医の樺沢紫苑さんの著書。

単純に「アウトプット」という言葉だけを聞くと、テストをしたり、文字に起こしたりといった部分に注目されがちだけども、この本ではもっと包括的な「アウトプット」に関してのポイントが描かれている。

話すこと、自己紹介すること、説明すること。どれも「アウトプット」であり、その先にあるのは「どうすれば良くなるのか」という「気づき」なのだと改めて教えられた。

特に勉強になったのは、人間の脳には限界があり、同時に処理ができる情報量(ワーキングメモリ)はせいぜい3つまでと言われいていることから、しっかりと一度記録に書き出すことが重要だということ。

まぁ、とは言いつつも、やはりnoteを書き始めてからは「書く」ことに対して試行錯誤していることもあったので、第三章の「WRITE」の部分は大いに参考にさせてもらってます。

最後に、メンタル面について「レジリエンス」と言われる「心のしなやかさ」について書かれていたのだけど、この精神はストレスを受け流していくことにも繋がっていて、大事にしていきたいなと思った。

風神の手/道尾秀介

遺影が専門の写真館である「鏡影館」に訪れた人々の過去と現在を描き、数十年にわたる歳月の中で起きた出来事が紐解かれていく、道尾秀介の長編小説。

道尾さんは人間が心に底に漂わされている「影」を描くのが本当に上手。

それは決して特別のものではなくて、誰の心にもあるようなちょっとした妬みや僻み、錘のようなもの。誰もが心を軽くするために、吐き出したくなってしまうもの。

ただ、道尾さんが描く「影」というのは、人が本来持つ優しさや温かさの裏返しのように感じる時もある。

この物語の登場人物たちに時折、自らの選択を重ね合わせてしまうのは、そういった温もりをもった「影」をどこか自分にも映し出してしまうからかもしれない。

ちなみに、自分は一章の「心中花」という作品が好きだった。
このひっくり返し方は、道尾作品ならでは。

幻夏/太田愛

父親が人殺しだと打ち明けた少年はその夏の日に姿を消し、幼き頃の記憶は現代で起こる少女失踪事件を追う主人公たちを翻弄していく、太田愛の長編ミステリー。

夏の最後に読んだ本。
この二文字の言葉に、これでもかと惹かれた。

多くの人物の視点が入れ替わり、それまでに残された伏線が一様に繋がっていく。やっと真実に辿り着いたと確信してから、何度も騙される。

また、丁寧に謎が紐解かれていく中でも、最後の最後まで何がそう転ぶか分からない緊迫感が漂っていた。多くの思惑が絡み合って、筋書きが何度も書き換えられる感覚。

さらにこの作品では、現代日本に蔓延る司法制度の矛盾に焦点を当て、自白の強要や冤罪事件などの「正義に伴われる犠牲」にもメスを入れている。

それぞれの登場人物たちから漏れ出る心の声は、まさに現代日本の縮図のようで、見えない顔の向こうではきっと誰かが考えていることなんだろうと思う。一概に全てを否定はできない。

だけども、幼い子どもたちや無実の者たちが背負った業は、本来存在し得なかったものであり、さらには誰の背に降りかかってくる火種でもある。

十人の真犯人を追い詰めている傍らで、一人の無辜の火種が燻り続けているのだとしたら、それは根本的な構造から変えていかなければならないかもしれない。

それにしても先を読ませる力がすごい。
気づいたら4時間ぐらい経ってた。

8月は以上5冊。
読書の秋が刻一刻と近づいている。

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