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スピリチュアルに希望を込めて。 | 「違うこと」をしないこと 吉本ばなな

久々に吉本ばななを読んだ。のっけから宇宙マッサージやら宇宙の法則やらが出てきて、いつの間にこんなスピリチュアルな路線になったの?と驚いた。
きっと私が知らなかっただけで、初めからそんな人なんだろう。この本に書かれているのもそういう内容だ。人は生まれた時から変わらない、と。

スピリチュアルなものに対して、私は「信じるけど頼らない」というスタンスをとってきた。言われたことは信じて取り入れてみるけど、そこに依存しないというか。最後は自分を信じる、という感じ。

ただ最近、自分の態度は「信じている」には値しない、と感じるようになった。そこで考え直してみた結果、「希望を持っている」が適切なように思う。

私は残念ながら何か特別なものが感じ取れるわけではない。自分が全く経験したことがないものを確信するのは、なかなかに難しい。
でも、あってほしいな、と思っている。あったら面白いな、とも。
そして、自分が感じ取れないことを理由に「ない」とは断言できないと思っている。

例えばオーラが見えるとか、ない話じゃないよなと思う。
色弱や色盲と呼ばれる人たちは、世の中の大多数より認識できる色が少ない。彼らとは反対に、見えすぎる人がいたっておかしくない。温度とか湿度とか、人から発せられる何かを色で認識できる人がいるかもしれない。

草間彌生は、世界が本当にドットに見えているのだと言った。

脳の異常、といえばそうかもしれないのだけれど、では人間にとって何が異常で何が正常なのか?マジョリティが「正常」なのか?色弱・色盲と呼ばれる人たちこそ「正常」で、世の大多数は「見えすぎている」のだとしたら?

なんて、考えると楽しい。

私が最もあって欲しい、と思っているのは、自然のパワーやエネルギー。人智を超えたものがそこにあるのだ、と願っている。

だからこの本にこう書かれてきたのを読んだとき、そうそうこれだ!と思った。

相手が人間や動物じゃなくても、それこそイシスの神殿とか、素晴らしい自然とか、そういう中に入った時、やっぱり、人間はもともと愛のエネルギーを知っていると思う。この木のかたちとこの雲の感じって、神様がいるとしか思えないって感じる時ってありますよね。

『「違うこと」をしないこと』吉本ばなな

なんで自分は絶景が好きなんだろう、と思っていた。
暑いのが嫌いで、寒いのが嫌いで、虫が嫌いで、歩くとすぐに疲れるのに、旅行が好きで、特に綺麗な景色に魅了されている。アメリカに来てからなんて、ひたすらに国立公園を訪れている。この2年半で10箇所以上。

「神様がいるとしか思えない」と感じたことはない。残念ながら。でも美しいとかすごいという以上に、形容できないエネルギーをもらっている気がする。
人によってはそれを、澄んだ空気で心が洗われるとか、壮大な景色に自分の小ささを知る、とか表現するのかもしれないけれど。私は敢えて言うならば強さを感じている、いつも。それを愛と呼ぶ人もいるかもしれない。

結局は同じものをどのように言語化するかだけの違いなのだと思う。論理や科学の方が納得できる人もいれば、感覚やスピリチュアル的なもの方が理解が早い人もいる。人それぞれだ。

この本でも、対談相手のプリミ恥部さん(この名前おもしろすぎる)が言う。

変えたくなったら、初期設定はいつでも変えられる。ぼくが言っている初期設定って、PCやスマホと同じなので、自覚してプログラミングを書き換えてアップデートさえすれば、ちゃんと宇宙と連動するようになる。設定をちょっと変えたり増やしたりするだけで、たとえば「を」を「に」に変えただけで、本当に現実が変わってくるので。

『「違うこと」をしないこと』吉本ばなな 第二章 対談

何を言っているんだ、と思うかもしれない。私は、彼が言いたいことがちょっとわかる。

私も、何事も自分の設定次第だと思っている節がある。自分が幸せかどうかは、もう自分でそう決めるかどうかでしかないと。

私は毎日をハッピーに生きると決めているので、どうやったらハッピーになるかを軸に物事を選択する。そうしたら、まあ人生にハプニングはつきものなのだけれど、大抵はハッピーに過ごせる。そういう設定で生きている。

これは宇宙もプログラミングも全然関係なく意志と行動の話だ。でも結局言いたいことは同じなのだと思う。

スピリチュアルと聞くと途端に心を閉ざす人もいるけれど(私の夫がそう)、物事の捉え方って、何パターン知っても面白いのに、と私は思う。

ばななさんは、過去・現在・未来の捉え方として、過去の自分が今の自分を作っているのではなく、未来の自分が今の自分を作っているのだ、ということを書いている。

「時間は未来から過去に向かって流れている」っていうのは、(中略)ふっと向こうから風が吹いてくるみたいな、かすかな予感みたいなものをキャッチできるかどうかで、今の自分が変わってくる。(中略)
そういう気持ちで生きれば、流れにちょっとでも気づくことができるんじゃないか。かすかな予感をつかまえる。流さない。そう決めるだけで変わってくるはず。

『「違うこと」をしないこと』吉本ばなな 第五章 時間、お金、神様、わたし

未来を予期して今の自分を変えるのなら、結局は「過去の自分が今の自分を作る」と同じ構造の話に思える。でも過去に囚われているより未来に向けて行動しなよ、という捉え方の話だ。確かにその方が前向きになれる。

何に基づいた思想であれ、今をハッピーにしてくれる考え方が私は好きだ。だからある意味、論理や科学の枠を取っ払って自由に創造するスピリチュアルな考え方に希望を持ってしまうのかもしれない。

見聞きできたらいいんだけれど。でも見聞きできる人に言わせれば本当に大変らしいので、私はその世界の外側から、そっと希望だけ持っておこうと思う。


同じ本について、Podcast『日々、駐妻』でもざっくばらんに話しました。同じ人が同じ本を読んだ感想なのに、Podcastでは衝動的に喋っているので、noteとはだいぶ内容が違ってます。よかったらこちらも聞いてもらえたら嬉しいです。


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