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「ずっと一人で生きてきた」元受刑者が学生たちと交流する理由

こんにちは、高松支局の広川隆秀ひろかわたかまさです。

僕は今年1月に、香川大学の学生団体が手がける刑務所出所者との交流事業について取材し、以下のような記事を書きました。

この団体の名称は「さぬき再犯防止プロジェクト」。英語名の Prevent Re-Offense Sanuki の頭文字を取って、PROS(プロス)と呼ばれています。再犯防止を目的に刑務所を出所した人たちの居場所づくりを支援するという、学生の取り組みとしては全国的にもかなり珍しい団体です。

皆さんは「再犯防止」「加害者支援」という言葉に、どんなイメージを抱きますか?

今回の note では、罪を犯した人と彼らを支えようとする人々への取材を通じて、僕自身が感じたことや強く印象に残った言葉のいくつかをご紹介したいと思います。

■ 大学と刑務所のコラボ

僕がPROSの取材を始めたのは昨年9月。きっかけは、四国4県の刑務所などを管轄する高松矯正管区が、受刑者がつくる作業製品の広報や企画、開発でPROSとコラボを始めるという報道発表でした。

高松矯正管区としては、広報や製品開発に若い人の意見を取り入れることで、コロナ禍の影響で落ち込んだ作業製品の売り上げをなんとかしたい、という狙いがあったようです。

(毎日新聞の有料会員サイトでは全文公開されています) 

この話を聞いた時、頭の中にいくつもの疑問が浮かびました。

「大学と刑務所がコラボ?」

「学生が『そういう人たち』と関わって大丈夫なの?」

「その団体は何を目的に、どんな活動しているの?」

矯正管区というお役所からの発表でしたが、考え始めると気になることは盛りだくさん。その答えを探すため、僕はPROSの取材に本格的に取り組むようになりました。

■ 「つながり」を奪われ5回の服役

PROSの主な活動は、刑務所を出所した人との交流会や、専門家を招いた研修会を開くこと。高松矯正管区と連携して、現在刑務所にいる受刑者たちとの対談も実施していました。

大学祭でPROSの活動について説明する香川大の学生(右)=2022年10月

僕はこうした取り組みに何度か参加させてもらう中で、1人の出所者「Aさん」と出会いました。

Aさんは高松市出身の40代男性。神社のさい銭泥棒などで過去に5回、服役しています。

5回も刑務所に入るなんて、どんな半生を送ってきたんだろう。

そんな疑問から過去のことを色々とお聞きするうちに、僕は彼が犯罪に手を染めるようになったのは、幼少期の体験が大きく影響しているのではないかと考えるようになりました。

Aさんは小中学校時代、特殊学級(特別支援学級)に通っていました。クラスメートはわずか数人。仲の良い友達もいなければ、親身に話を聞いてくれる先生もいない。一番近くにいた母親は仕事が忙しく、Aさんにかまってくれることもあまりなかったそうです。

父親はギャンブルで借金を作り、酒を飲み、母親とAさんに暴力を振るいました。母親には父親の他にも交際している人がいて、その人との間にはAさんの兄にあたる子どももいました。母親は後に父親と別れ、その交際相手と再婚します。Aさんは母親、義父、兄との4人暮らしになりましたが、家族との会話はほとんどありませんでした。

Aさん(手前)と話をするPROSの学生たち=2022年11月

複雑な家庭環境で育ってきたAさんに救いの手を差し伸べる人はいなかったのでしょうか。家族や友人との関係について尋ねると、彼はこう言いました。

「周りはみんな赤の他人。だから関係ない。だから一人でも寂しくない。一人でいることに慣れてしまっている」

うつむきながらも言いよどむことなく、淡々と答えてくれたその姿がとても印象的でした。

そんなAさんも、家族のことを振り返る中で笑顔を見せてくれたことがあります。

それは、幼稚園の時の記憶をたどっていた時のこと。ある日、母親と一緒にパチンコ屋に行き、母親の代わりに「打つ」のを手伝ったのだと、うれしそうに話してくれました。

球を集めるジェスチャーをしながら、笑顔で語っていたAさんの様子を思い浮かべると、やはりどこかで人とのつながりや愛情を欲していたのではないかという気がします。

家族や友人とのつながりがなかったために、しだいに孤立し、人に期待することも、失望することもなく、1人で生きてきたAさん。こうした幼少期の経験があったがゆえに、他者の気持ちを感じ取りにくくなっているのではないか。犯罪の影で「いつも誰かが傷ついている」ということに気付きづらいのではないか。そんな風に思いました。

■ 加害者への支援

PROSの活動で「絵しりとり」に参加するAさん=2022年11月

特殊学級に通っていたAさんですが、軽度の知的障害があるということが分かったのは大人になってから。支援機関が関わったことで初めて明らかになりました。

先のことを考えるのが苦手で、お金の使い方をうまく判断できない。手元のお金をすぐに使い切り、さい銭泥棒などに手を出してしまう―。彼が犯罪を繰り返してしまう背景には、そうした障害の特性や、生まれ育った環境が影響しているのだと思います。

もし適切なサポートを受けることができれば、再び犯罪に手を染めることもなく、新たな被害者を生まずに済むのではないのか。そう考えるようになった時、被害者への支援はもちろんのこと、加害者支援も重要なのだと思い至りました。

刑法犯で検挙された人のうち、再犯者が占める割合を「再犯者率」と言います。法務省の統計によると、刑法犯の認知件数は減っていますが再犯者率は50%弱で高止まりしており、2021年は48・6%でした。再犯者が減らない背景には、出所後の仕事や住居がなかなか見つからないことがあると指摘されています。

PROSの学生との対談で刑務所作業製品について説明する受刑者の男性=2022年10月

“誰しも道を踏み外したり、失敗を犯したりすることはあるが、なぜ何回も過ちを繰り返すのか”

“悪い人間はきっとまた同じことをやるだろうし、支援してもムダだ。社会に出さず、ずっと刑務所で過ごせばいい“

そんな風に考える人は、きっとたくさんいると思います。僕自身も、そのように考えていたことがありました。でも取材を進めてみると、自身ではどうしようない理由のために犯罪に走り、罪を重ねてしまう人がいるということがよく分かりました。出所後も自分一人では社会復帰できない、更生するためには周りのサポートが必要な人。僕が取材したAさんもそんな要支援者の1人だと思います。

■ 「犯罪は擁護できない」心の中のジレンマ

受刑者や出所者の事情をつぶさに見てみると、一人一人にむべき事情はある。そう考えるようになってからも、記事を書くに当たっては大きな葛藤かっとうがありました。

Aさんのような「生きづらさ」を抱えている人は社会にたくさんいますが、その中で実際に罪を犯すのはごく一部の人です。「生きづらい」からといって罪が許されるわけではありません。

この話を書くことが、彼らが犯した罪を擁護することにならないか。僕が「加害者支援も重要だ」と考えられるのは、犯罪の被害を被っていない傍観者だからではないのか。そうしたことを自問自答しました。

受刑者と対談するPROSの学生ら=2022年10月

記事を書く際は、Aさんの半生に同情し過ぎないように気を付け、事実を淡々と書くことを心がけました。結果的に、読者からするとやや感情移入しにくい文章になったかもしれません。

「出所者を支援して社会復帰を受け入れたい」という思いと、「彼らの犯した罪は擁護できない」という思い。僕自身が抱えているジレンマが、記事にも表れてしまっているのではないか。改めて読み返すと、そんな風に感じます。

■ 学生と専門家たちが作り上げる活動

記事ではあまり触れることができなかったPROSの特徴についても、この場で少し取り上げたいと思います。

PROSは学生が自主的に行っている活動ですが、参加者の真面目さや熱量には特筆すべきものがあります。運営を担うメンバーの中には、刑務所を仮釈放された人や執行猶予付きの有罪判決を受けた人らを援護する「保護観察官」を目指しているという学生もいました。元々そういう進路を考えていたわけではなく、PROSの活動に取り組む中で将来の志望が変わっていったそうです。

PROSの活動は顧問の平野美紀ひらのみき教授(刑事法)だけでなく、出所者の支援団体、弁護士や教誨師きょうかいし、医師などさまざまな人々が参加し、頻繁に研修会を開いています。

真剣に取り組む学生と、それを支えようとする専門職の方々。両者のひたむきな姿勢には感銘を受けました。

交流会後にAさんが書いたアンケート用紙。「また、色々とお話したりしたいです」

PROSの交流会に参加するようになったAさんは、表情も豊かになり、口数も多くなったそうです。複数の人がそう教えてくれました。彼自身は、さい銭泥棒をしていたときの心境について「捕まったら捕まったでいい。将来のことなんか考えていなかった」と振り返っていました。でも今は、学生との交流があることで「来月が楽しみに思える」と話しています。

■ 「たまたま運が良かった人」と「弱い人」

最後に、今回の取材で耳にした特に印象深い言葉を二つご紹介します。

一つはPROSの研修会で講演した教誨師の上野忠昭うえのただあきさんの「刑務所には1割の悪い人と9割の弱い人がいる」という言葉です。

上野さんは教誨師としてだけなく、教科指導の先生として刑務所で勉強を教えています。受刑者の中には家庭環境が原因で教育を満足に受けられなかった人が多くいます。その人たちは本当の意味で「悪い人」なのではなく、「弱い人」だったのではないか。幼い頃から勉強できる環境にいれば、犯罪とは無縁の別の人生を歩めていたのではないか。上野さんの言葉にはそんな思いが込められています。

もう一つは、高松市にある三光さんこう病院の海野順うみのしゅん院長が語った「(罪を犯さない)多数派の人はたまたま恵まれていただけ」という言葉です。

依存症治療が専門の海野さんは、虐待や貧困といった幼い頃の逆境体験が、ドラッグなどの依存症リスクを増大させるということを学生たちに伝えていました。恵まれた環境で育った人は、たまたまそういう経験が無かったから、道を踏み外さずに済んだだけなのだという話には、専門家ならではの強い説得力がありました。

この記事を書いた僕は、これまでたまたま恵まれていたがゆえに、罪を犯してしまった弱い人に対して偏った見方をしていたのかもしれません。2人の言葉を聞いて、改めてそんな風に思いました。

昨年6月、懲役と禁錮を廃止し「拘禁刑」に一本化する改正刑法が成立しました。法務省はこの改正を「再犯防止の理念を反映する処遇改革の一環」としています。

今後、再犯者率は減少するのか。そもそも人はなぜ犯罪に手を染めてしまうのか。気になることは尽きません。記者である僕に何ができるのか。じっくりと考えながら取り組みたいと思っています。
 

広川 隆秀(ひろかわ・たかまさ) 1997年生まれ、山梨県出身。2022年入社、高松支局で県警・司法・スポーツ担当。ジャパニーズヒップホップが好きです。

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