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短編小説「おとしものととどけもの」

こんばんは。酢だこが食べたい私です。
大人になってからおいしさが分かるようになった食べ物ですね。
す・だ・こ。

久しぶりに。
書いた短編小説でも載せてみようかと思います。
公募に出したやつなのです。もう時効だし。きっと。小説?童話?
ショートショート?自分でもよくわかってませんが。
まあまあな難産だったのを覚えています。2年前のやつ。3年前のとか去年のの作品は、いずれまた。ではどうぞ。


「おとしものととどけもの」

お巡りさんのネモトさんは、お仕事の書類を書き終えて、あくびをひとつしました。交番の入り口近くにある鏡に、自分の顔が映って、ネモトさんは少し眉をしかめました。そこまで眠たそうかな……いかんいかん。
 
ネモトさんは、まだ新米のお巡りさんでした。この町の交番で働きだしたのは、半年前からです。先輩から「眠たそうな顔をしてるから、ネムキだな」と、言われたのを思い出しました。またこのあだ名を貰ってしまった、とあきれながら感心してしまったのです。
 
当たってるのは当たってるけどね……心の中でひとつため息をついて、時計に目を向けると三時です。近所の小学校の下校の時間でした。パトロールの時間だな。ネモトさんが準備しようと思って立ち上がった時、小さな女の子がおずおずと、交番の入り口に姿を見せました。

「あのう……」
「小さな声でしたが、前にどこかで聞いたことがある声でした。そんなに昔じゃないぞ?「あれ?」と言いかけたネモトさんを遮って、女の子がさっきより大きな声で言いました。
「お金、拾ったんです!」
そして、ネモトさんの目の前に、開いた手に載せたものを突き出してきます。
「これは……五百円?ダスね?」
勢いにおされて、女の子に負けない大きな声で、ネモトさんはおかしな返事をしてしまいました。              
「そうダス!あ、違います、そうです」
女の子もおかしな返事になっていました。
それがおかしかったので、ネモトさんはいつものネモトさんに戻れました。その子は、やはり見覚えがありました。名前は……。しかし、女の子は、一生懸命しゃべります。
「あの、昨日、塾の前の信号のとこで拾いました!早く届けようと思ったけど、でももう八時だったし、遅くて、それで!」
女の子が、泣きそうな顔になりました。
その顔を見て、ネモトさんはようやくその子の名前を思い出しました。
「あの、君のお名前は水木ゆりかさん、かな」
「はい、そうです」
 ネモトさんはゆりかちゃんとの出会いをはっきりと思い出していました。
 
まだネモトさんがこの町に来たばかりの頃、パトロールの途中に、自転車のチェーンがちぎれて、泣いている女の子を見かけて、助けて家まで送ってあげたことがあったのです。
その時の女の子が、目の前の水木ゆりかちゃんでした。ネモトさんは、思い出せてほっとした気持ちになりました。
「久しぶりだね。あれからチェーンは外れたりしてないかな?」
「はい。もう大丈夫です」
 ネモトさんの笑顔にゆりかちゃんも、やっと落ち着けたようです。
「じゃあもう少し聞かせてもらうよ。おや?この五百円、落書きがあるね?」
受け取った五百円には、数字の五と二つのゼロの上に、黒い波のような線が描かれていました。まるで人の眉毛のようです。
「眉毛みたい、だな」
 ネモトさんがぼそっとつぶやくと、ゆりかちゃんが勢いよくうなずきました。
「その五百円、夢に、出てきたんです」
「夢に?」
「はい。その五百円が人のみたいに喋るの。『僕を交番に届けに行ったら、お巡りさんにあの時のお礼と、思ったこともちゃんと言うんだよ』って。ちょっと、怖かったです」
 
ちょっとか……いや、こういう時にはなんて言えばいいのだろうか。ネモトさんは言葉につまりました。おかしな話だけど、ゆりかちゃんは大まじめでした。
「あ、あの……思ったこと、ってなに?聞いてもいいのかな?」
「はい。自転車が壊れた時は、本当にありがとうございました。あと、」
 ゆりかちゃんは、そこでひとつ息をしました。なんだろう?
「あの時ね、ママもパパも『眠たそうな顔のお巡りさんだったね』て、後で言ったの。でも、私はそう思わなかった。とても優しい顔だったから、安心したんだよ、て言ったの」

少し寒い日でしたが、ネモトさんは急に陽だまりに出た時のように、暖かくて、はずかしいような、うれしいような、たくさんの気持ちで胸がいっぱいになりました。

その日からふたりは友達になれました。ゆりかちゃんが交番の前を通って、ネモトさんが居たら、いつも挨拶を交わすようになりました。五百円玉は落とし主が現れるまで、半年間は交番の金庫に入っています。

二人が挨拶を交わすたび、なぜか金庫の中から、「ちゃりん」と音がするのですが、ネモトさんはそれが少し怖いので、聞こえないふりをしています。

(終わり)

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