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ズルをして生きているような罪悪感

自分は人として避けては通れぬ、当然せねばならない苦労を避けて通っているのではないか、そんな何とも言えない罪悪感にこのところ苛まれていた。

私が敬愛しているナウシカは、ゴツゴツの手を「働き者の綺麗な手」だと評していた。
一方私の手は年の割には痛みの少ない白魚のような手をしている。白魚は言い過ぎか…

私の手がきれいなのには明確な理由がある。
炊事洗濯の労働から解放されているからだ。
決してハンドクリームや美容液で時間をかけて念入りにお手入れをしているからではない。つまり「怠け者の綺麗な手」だ。

結局のところ、美しい白い肌を叶えたければ日に焼けないのが一番効果的なのであるし、ふわふわの手は水仕事をしないのが一番なのだ。
…こう言ってしまうと身もふたもないのだが、実際に世の中にはこういった身もふたもない話で満ちている。

私は妻であり、母であり、嫁でもある。
だが、もしかしたら「娘」以外の役割を果たせていないのではないか。
そんなふうに思えてなんだか久しぶりに気分が塞いでしまった。

家事は同居している夫の母に任せてしまっているのが現状だし、子育てに関しては夫に任せている部分が大きい。ちなみに犬の散歩担当は義父。

私がやっていることと言ったら、就業前ギリギリに起きて、仕事して、「御飯よ~」と義母に呼ばれたら「はーい!」と喜び勇んで食卓につくのみだ。
まるで子供である。

昭和以前の男性はほんとにこれで許されていたのだろうか?
いや、私は彼らのように24時間は戦えない。

職場のママ友たちは一様に、ほとんど命を削るように無理に無理を重ねて生きている。

母となったら当然すべき苦労を私は人の半分もしていないのではないか。

自分の荒れていない手を見ると、なんだか世の中から責められているような気持になった。
私のこの手は本来ヒビ、アカギレで血が滲んでいるべきではないのか。節々は不格好に隆起しておらねばならないのではないか。
それが妻であり母であり嫁の正しい手のひらというものではないか。

年明けに行った美容室ではカリスマ美容師から、いい意味で生活感がないと言われて、その褒め言葉がグサリと私の胸を突き刺した。

私は中年女として、真っ当な道を歩めていないのかもしれない。

小田切ヒロのメイクアップ動画などを見てウキウキとピンクメイクを試す時間がある事自体、私が正しく日々の責務を全うしていない証拠だ。

浮かれたピンクで顔面に着色する時間があるのなら這いつくばって床を磨き上げるべきで、寝る間を惜しんで作り置きの副菜を仕込むべきで、畑の一つや二つ耕すべきなのだ。耕す畑はないけれど。

私は結局いくつになってもどこか夢見がちで、地に足がつかないままだ。

素敵なティーカップ、色鮮やかなハンカチ、キラキラ輝く宝石、時を忘れる漫画や小説で胸を踊らせて生きていきたいなどと、いつまでも子どもじみた考えを捨て去ることができない。

本来ならダウン症の息子のためにも休日返上で奔走し言語の訓練やら咀嚼のトレーニングやらリトミックレッスンやらで発達を促してやるべきなのだ。

それなのに実際は、休日は家でダラダラと息子とテレビを見たり歌を歌い踊って自堕落に過ごすばかり。
子育ての全てにおいて愛が最優先だと信じているものの、それは愛するばかりでその他の努力をしない自分への言い訳になってはいないか。

そんな暗い気分に取り憑かれた私は母に率直に相談した。
「まあ確かにたいたいちゃんは恵まれてる部分もたくさんあるけど、その代わり他の人がしてない苦労もまあまあしてるんじゃない?」
「つまり私が歳の割に若くて可愛いのは苦労してないからとかじゃなくて単に可愛いだけ?」
「うん、まあ…手がキレイなのは間違いなく水仕事してないからだと思うけどね」

そういえば時に苦労の象徴として描かれる白髪に関しては、むしろ年齢以上にあるしな。

なんとなく浮上してきたある日、夫がニマニマとして言った。
「今日さ、福太郎連れて理学療法士と面談してきたんだけど、福太郎、愛らしい愛らしいって褒められてたよ!とっても愛されて育ってることが伝わるって言われた!」
「ほんとに?」
「良い育て方をしてますねって言われたよ」

障害児の親らしいことが何もできてないと落ち込んでいたけれど、少なくとも福太郎が保育園から風邪をもらってくると、私がいの一番に感染する。

平日一緒に過ごす時間は短いけれど、その分頬を、頭を撫で、ぎゅっと抱きしめほっぺにたくさんキスをする。
私が家族の誰より一番に感染するのは、その時間の濃密さの証なのかもしれない。
とりあえず、今はそれでいいのかもしれない。

いやまあ、単純に私の免疫力が低いだけという説もあるけど。

もっと苦労せねばいずれ罰が当たる、人生とはもっとしんどいのが本当だ、なんてなぜそんな風に思ってしまったんだろう。

未だに少し、自分がズルをして生きているかのような仄暗い罪悪感に似たものを感じる。

今までそんな風に感じたことがなかったため少し困惑している。


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