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病室での忍耐について (後編)

【療養日記2023 2月21日(火)】

 前半に引き続き病室での我慢について考えてみたことを書いている。まず前回も書いた病室での我慢の種類について大まかに2種類あると書いた。

1:欲しいものを我慢する(欲求が満たされないこと)
2:必要のない物事を強いられる(望まないものを強制される)

 前半は1の「欲しいものを我慢する」忍耐について書いた。食べたいものが食べられない、食べ物が少ない、思うように電話がかけられないなど。日頃の生活では満たされていて当然の欲求が満たされないことによる我慢について書いた。

 この1の我慢に補足としては時間に対する欲求などもあり、具体例を言えば消灯が早い、起床が早いと不平を言う者もいたことを思い出した。特に消灯は21時。普通の生活ならまだまだ起きている時間だ。人によってはまだ帰宅もしていない時間である可能性もある。しかし理想的な睡眠時間が7時間以上だと言うことを考えると朝早く目が覚める人の事も考えると21時に消灯は致し方ないと思う。その辺りに文句言う患者はどちらかと言えばクズ患者の部類に入れてしまっていいのではないだろうか。

 今日は我慢の2「必要のない物事を強いられる」について書く。まず入院する患者にもいくつかのタイプがある。しかし共通して言えることはどの患者も病棟で共同生活を強いられる、要するに自由がなくなったり束縛されたりするということだ。

 この共同生活を強いられるということに対して入院生活に対して納得しているか否かでスタートラインも違ってくる。つまり自分の病状にある程度納得がいき入院生活を送るのかそうでないのかで違いがある。

 例えば自分の不摂生から病気になり入院という結果になったのと、ある日突然事故に巻き込まれて入院という結果になったのでは入院生活に対する姿勢も変わる。当然だが後者の患者は納得がいかないだろう。というのも自分には非がないからだ。

 しかし非があるないにかかわらずどんな患者であろうとプライバシーも守られないような環境のもとで共同生活を送る。それが嫌なら個室を希望するしかない。

 この共同生活を強いられることが入院の基本中の基本にある我慢そのものだ。そして今も書いたように我慢の程度も患者それぞれでスタートラインが違ってくる。もっと言えば病気なのか怪我なのか、運が悪い結果なのか自分に責任があるからなのか、どれも人それぞれ。

 さらに病気ではないが検査のために入院した人。糖尿病の教育入院のように病気に自覚はないのに強制的に一定期間食事療法、投薬療法、運動療法の三つを集中的に施された上に講習まで受けなければいけない患者もいる。出産のために入院が必要な人もいれば今回の僕のように病気が完治または相当な快方に向かったから入院するケース(抜鋼・抜釘手術を受ける人や乳房再建手術など)もある。患者の立場は実に様々だ。それなのに同じ共同生活を強いられる。僕が入院した横浜医療センターくらいの大規模病院になると病状別で病棟も分けられるのでまだ似たような患者が同じ場所に集まる可能性は高くなるが、やはり患者は一人一人千差万別であることには変わらない。

 さて、これだけ前置きにいろんな具体例を書いておけば患者は人それぞれ違うということと入院に対する姿勢も異なっていることはわかると思う。僕のような患者は当然だが非常に前向きだ。

 しかしいくら前向きであっても我慢できるできないとは関係のないこともある。自分のケースから書いていくが僕は病室がうるさいのが好きではない。なので同室患者が他の患者のことも考えずに電話で話をしたり音を出しっぱなしでテレビを見るのは当然許せない。騒音も極力立てないように気を使うがそのあたりたまにいるのが全く気を遣わない奴だ。同じような大きな音を来る日も来る日も出しても気にしなかったり、ビニール袋など音が出やすいものを消灯後にゴソゴソさせる。こういったちょっとした騒音が続くと流石にイライラする。しかし大抵の場合は病室にやって来て生活に慣れぬうちのことで、2日も経てば大抵の人は音を出さなくなるものだ。それでもダメなのは患者としてクズだなと思っている。あとは個室からやって来た患者も同じような事がありがちだが、あまり改善は見られないものだ。

 こうやって出さなくてもいい騒音を出し続ける患者には苛立つが、個人的に一番イライラするのは独り言のうるさい奴だ。入院日記3でも何人かそういったクズ患者がいて本当にストレスの原因になっていた。特に先の日記では「ブツ臭」と呼んでいたやつが最悪だった。

 まず日常生活でも独り言のうるさい奴はいるが、大抵の場合「ちょっとヤバいんじゃない」と思われてしまう。電車で隣にいた人がブツクサうるさいとこの人ヤバいと普通は思うだろう。それと同じかそれ以上の奴が病室にもいる。病室という特殊な空間では実社会よりもブツクサうるさい奴は多いのではないだろうか。誰もあんたとは話をしていないよ、静かにしてろと突っ込みたくなるような独り言が多い。

「あ、そう言えば…」「ああなるほどね」「だから言ったんだよ」「ちょっと待ってよ」「これヤバいんじゃないの」「シャレになってないよ」「うわ、ひどいなこれ」「しょうがないよな」「そんなこと言ってもさ…」「そうだったんだ」「さてさて」「あ〜あまったく」「あ、だからなんだ」

 とまあ、こんな感じの言葉を声を出して言った後、何やらブツクサと喋ってばかり。言葉には発声があって明らかに独り言の域を越えている。夜は夜で寝苦しいのかこんな言葉のオンパレード。黙っている事がまずない。しかも「あ〜あ」「はぁ」「やれやれ」「う〜ん」などといったため息も有声で出てくる。それだけに留まらず眠っている時もうなされるのか苦しいのか「うわぁ」「はあぁ」「う〜ん」「うぇ〜」といったような言語になっていないただの発声も大声だ。しかも真夜中に突然なのでそれで何度起こされたことかわからない。

 患者によっては痛みや苦しみから声が出てしまう、また病棟に呼吸器科の患者がいれば咳などが出る。そう言った病気由来の発声や音はお互い様で我慢すべきだし、実際に我慢もできるがただうなされている、意図的に声を出して独り言を言う所までは我慢はできない。そんなものはお互い様ではない。

 ただでさえブツクサうるさい奴は勘弁蒙りたいところにこんな独り言マスターみたいなのがいたら具合も悪くなる。こいつが静かなのはイビキをかいている時かリハビリで部屋にいない時だけだった。あとは動けないということもありずっと病室にいる。病室にいればいたでブツクサうるさい。自分も最初のうちは部屋から外にも出られず、運動もまだできなかったので隣でブツクサされるのには非常に困りものだった。

 実際この時期の血糖値が手術後から全く下がる兆しも見られなかった。血糖値は強いストレスを受け続けていると上昇する。例えば熱が出たなどという時は血糖値が上がる。手術後も強いストレスを受けていると体が判断して血糖値は急上昇する。しかし痛みが引けばそれと一緒に血糖値も下がる。それが自分の場合は下がらなかった。それを主治医(糖尿病内科)がおかしいと判断し「何か強いストレスがかかっていませんか」と訊いて来た事があったので正直に隣の独り言がブツクサうるさすぎると答えた事があったが、それで改善されたわけではなかった。ただしそれが血統値高止まりの原因だとドクターは判断していた。

 このうるさい独り言、もうちょっとしっかりとドクターだけでなく師長にも訴えればよかったと思っている。その後動けるようになり日中できるだけ病室にいないように心がけてから血糖値は急激に下がるようになった。同時に運動もできるようになった。

 そんなわけで健康に影響を及ぼすくらいのストレスを今回は受けた。そのストレスというのは「必要のない物事を強いられる」、すなわち本来なら受けなくても良い騒音というストレスだった。欲しいものが手に入らないストレスと違い、受けなくても良いストレスを堪えるのは健康に影響を及ぼすものだと悟った。

 病棟の大部屋生活では多少なりとも不自由な生活を強いられるものなので我慢することも時には求められるが、それにじっと堪え続けていたらダメなんだということも今回は学んだ。

 独り言がブツクサうるさい奴以外にもいろんな患者がいて、例えば病室で大声で話す。ナースを召使のように呼びつける。消灯時間を過ぎてからゴソゴソと何やら出しては食べているなどなど、マナーが守れない奴がだいたいストレスの種になる。ブツクサうるさい奴はそういったマナー以前の問題で、自分がうるさいことに全く気づいていない。これはこれで問題だと思う。ある程度マナーを弁えることでお互いにストレスにならない共同生活を送ろうと心がける人と、自分は患者でそれだけでももうこんな生活はうんざりだとしか考えないワガママ放題な奴も多かった。それをだいたいは「クズ患者」と呼んでいた。

 しかし「クズ患者」は患者としてクズであって人間としてクズとは一言も言っていない。病棟では人間としては良くできた人でもクズな患者はいくらでもいる。そして実社会などに比べるとそういう連中が多いのも病室の特徴なのかも知れない。

 最後にこれら以外のストレス要因もある。入院中のストレスの大半は他の入院患者から受けるものだが、そもそもどうして入院しているのか。入院している目的も考えないといけない。大多数の者は痛みを伴う手術や点滴など日常生活では受ける必要がない外的圧力が強くかかる。特に手術を控えているとそれだけでもプレッシャーになる。そうなると他の入院患者が云々などと考えてはいられないはずだ。

 一番考えられるのはただでさえ受ける必要のない外的ストレスをもろに受けつつ、さらに他の入院患者から受けるストレスまでのしかかる「二重苦」だろう。入院生活とはおよそ自分の受ける必要のないストレスが重くのしかかる場でもある。欲しいものを我慢し、いらないものを押し付けられる。これが入院のストレスの主な要因なのだろうと思う。

 ま、気の持ちようでだいぶ軽減はできるものなのだが、それは今まで書いた日記の中にヒントがあると思う■


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