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Culture|ことばの記憶 〈02.必要なものはもう全て持っているわ!〉

2012年にフィンランドへ移り住み、日本とフィンランドのデザインや伝統を融合させたものづくりを行う、デザイナーのEmi viitanen(エミ・ヴィータネン)さん。このコラムでは、作品制作に子育てに、忙しくも楽しい毎日の中でEmiさんが耳にした、北欧の文化や国民性を象徴するフィンランドならではのことばをご紹介します。

陽が日に日に長くなり始め、久々に射す窓からの光が眩しいほどに感じるここ数日。キャンドルや冬のライトは少しずつ棚にしまって、太陽の光を部屋に迎え入れる準備をしています。窓辺にはどんな色の花を飾ろうか、春が待ちきれずにワクワクしています。

眩しい太陽の光に誘われてヘルシンキの街を歩いていると、所々で目にするのがセカンドハンドショップ。昔ながらの古着屋さんもあれば、お洒落なインテリアのカフェを併設したような新しいタイプのお店もあります。

そしてここ最近よく見かけるようになったのが、お店の一部にユーズド商品を置くお店。新品の商品を販売しながらも、お店の一角をリサイクルコーナーとして設けています。

子供服ブランドのリサイクルコーナー
アウトドア店のリサイクルコーナー
セレクトショップのリサイクルコーナー
環境に配慮したブランドの服をリサイクル販売

フィンランドでは、普段の買い物の中にセカンドハンドという選択肢があるのは当たり前。生活の中に古い物を大切に使うという文化が馴染んでいます。そしてその傾向は、ここ最近さらに強くなっているように感じます。

https://www.europeantimes.news/ より引用

The European Timesによると、2010年から2020年にかけて、リサイクル率や一人あたりの布製品の廃棄率、フリーマーケットの数などを元に「買い物客がいかにサスティナブルであるか」を測った調査で、ヨーロッパで人口の多い30か国のうち、フィンランドは堂々一位に輝きました。フィンランド人の物を大切にすることへの意識の高さが伺えます。


そんなフィンランドで聞いた忘れられないことばがあります。

「必要なものはもう全て持っているわ!」

このことばは昔、フィンランドの街のストリートスナップに写っていたお洒落な女性がコメント欄に書いていたひと言。今日のファッションのポイントは?と言う質問に対して、私は必要な物(洋服)はもう既に充分持っていて、今持っている洋服の中でそのコーディネートを日々楽しんでいる、というような内容でした。ブランドや流行をアピールするのでは無く、女性の「物を大切にする姿勢」と「もう何も必要ない!」と言うかのような潔いひと言に、驚きと憧れを抱いたのを覚えています。

そしてこのことばを、フィンランドで「大切にされている物」に出会うたびに思い出します。

これは我が家で使っている食器の一部。そのほとんどは夫が若い頃に集めた食器で、今ではヴィンテージのお店でしか見られないような古い食器のシリーズです。パスタを食べるのに丁度良い大きなサイズのお皿にスープ皿、カップはマグカップとエスプレッソサイズの2種類があります。カップのソーサーは今では小皿として活躍中。どれもお客様がたくさん来ても困らないくらいに枚数が揃っています。そして、割れてしまって数が少なくなってしまったけれど、ワイングラスやお水を飲むグラスもあり、食事に必要な食器はほぼ一通り揃っています。

こんなにたくさんの食器を一人暮らしの夫がどうして持っているのか、不思議に思って尋ねてみるとこんな話をしてくれました。

代父母とお祝いする洗礼式

フィンランドでは、子どもが生まれるとkummisetä (godfather / 代父)とkummitäti (godmother / 代母)を選びます。元々は両親に万が一何かがあった時に子供達の面倒をみてもらう後見人のような存在でしたが、今では洗礼式やお誕生日などのイベントを家族と一緒にお祝いし、楽しい時を一緒に過ごすというのが主な役目です。

その代父母から毎年、お誕生日とクリスマスにプレゼントをもらっていたそうですが、ある年齢を過ぎた頃、それまでおもちゃやゲーム等を送ってくれていた代父母から、突然食器が送られて来るようになったそう。遊び盛りだった当時の夫はそれがとても嫌で、食器なんて使わないのにと倉庫にしまっていました。ところが、大学に進学して一人暮らしを始めた時、初めてその有難さを身に染みて感じたと言います。

殺風景な一人暮らしの部屋の中、食器棚だけは自分が生活していくために必要な食器が既に全て揃っていて、何も買い足す必要がないことに気付きました。何年も倉庫に眠っていたそのプレゼントは、これから生活していく上で欠かすことの出来ない大切な物へと様変わり。若い頃には理解ができなかったけれど、今になって代父母がしてくれたその粋な計らいに心から感謝しているそうです。

このエピソードを聞いてから、今まで何気なく使っていたお皿やカップが、私にも特別な意味を持つようになりました。何年も掛けて、代父母が将来のことを考えて送ってくれた食器は、我が家の宝物。我が家には必要な食器は全て揃っているね!と言いたくなるような、そんな誇らしい気持ちが自然と込み上げて来るようになりました。これからも大切に使い続けていきます。


親戚の家に遊びに訪れた時にはこんなこともありました。

ご飯を皆でワイワイ食べて、さぁそろそろサウナにでも入ろうかという話になった時。(人のお宅でサウナに入ることは珍しくありません)その日の私は何もサウナの用意をしていなかったので、シャンプーやバスタオルなどを一式貸してもらうことにしました。

全部用意をしてもらって申し訳ないな、とソワソワして待っていると「はいこれどうぞ、使ってね!」と綺麗にピタッとアイロンのかかったタオルを大切そうに手渡してくれました。持ってきてくれたのは、淵に入った花柄の模様がもうほとんど見えないくらい年季の入ったタオル。手渡してからニッコリひと言、「そのタオルはね、この子が赤ちゃんの時に包まれていたタオルなのよ!」と嬉しそうに教えてくれました。そして今はもうすっかり大人になった親戚の赤ちゃんの頃の思い出話をいくつも聞かせてくれたのです。

古いものを大事にするというのは、きっとこうやって思い出や記憶を一緒に織り込んでいくことなのかもしれないな、と気付かされた瞬間でした。古いものには魂が宿っている、そんな感覚に近いのかもしれません。

“Minulla on kaikki mitä tarvitsen!”
「必要なものはもう全て持っているわ!」

ふと目にした見知らぬ女性のこのひと言は、物を大切にするフィンランド人らしさが滲み出た言葉。今ある物で満足できているのは、もしかしたらそのものに詰まった思い出や記憶が、女性の気持ちを満たしてくれているからなのかもしれません。今持っている物を、思い出を紡ぎながら長い間大切に使っていきたい。そして、ずっと使い続けてもらえるような物作りをしていけたら最高だな、と思っています。  

Instagram:@emi_viitanen