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おひとりさまの暮らしはとにかくシンプルが素敵、と思って過ごしてきた。

2023年12月6日。
昨夜は長男が来たので、スーパーで安いチーズを購入して、夏に買っておいた白ワイン(本当は赤にしたかったけれど)を開けた。
婚姻中はよく誰かを招いて簡単な昼食や夕食を振舞った。
それ故食器は勿論のこと、コースターやランチョンマット、テーブルクロス、ペーパーナフキンなどが大量にあり、息子たちが出て行ってひとりになってからどっさり捨てた。
気に入って購入したものだったので、食器類は薄目をして(素敵だから直視しないように)紙袋に入れてからトンカチで割り、クロス類はやみくもにハサミを入れて、捨てるしかない状態にして捨てた。
ペーパーナフキンは鼻でもかんでから捨てようかと思ったが、暫く待っても一向に鼻は出ず、他の用途を模索しているうちに「何をこんなに熟考してるんだ」とハッとして、オーギュスト・ロダンにブロンズ像にされるところを生ゴミと一緒に廃棄することで回避した。
遠慮なくガンガンに使える食器だけ、ランチョンマットやペーパーナフキンは数種類のみを残し、清水の舞台ならぬ麻布台ヒルズから目をぎゅっと瞑って「えいやーーっ!」と飛び降りるが如く、長年のコレクションは思い出と共にゴミ収集車が連れ去って行った。

長男が到着する時間を聞き、
きっかりその時間に焼けるようにローストポークを仕込んだが、
30分も遅れてきやがった。
うう〜ん、いけずう。

一人暮らしになってからは「いいものを少しだけ」を心のスローガンに生きてきた。
断捨離しようと張り切りガール(”張り切りオババ”でした。失礼。)だった瞬間は、とても爽快な気分だったけど、ほんの少し時間が経っただけで、「あれも欲しい」「これも欲しい」「もっと欲しい、もっともっと欲しい」が本当は止まらない。しかも「いいもの」の部分は揺るぎなく。ブルーハーツも驚愕の強欲ババアなのだ。



昔友人と坐禅をしに行ったことがあるけれど、その間「足が痺れた」「どれくらい時間が経ったのか」「これが終わったら何を食べようか」「今日は少し寒い格好で失敗した」「あっ、隣の人のお腹が鳴った!」などなど無の境地とは程遠い、煩悩で満たされた時間だった。
この強欲さを利用して自分のやる気に薪を焚べたいのだが、火が点いてないから焚べたところで燃えようもないか。

本日は我が家から見える銀杏並木を確認しに、
片道30分程かけて散策に出かけた。
なんてことない落ち葉と樹木の影を見て、
自然の美しさに暫し見惚れた。
そういえばこの時こそ無になっていたかも!

心の状態も、持ち物も、自分を取り巻く環境も、さっぱりと曇りなく余計なものがない状態にしたいと思う。
ただ、「最小限」「シンプル」「整っている」状態は人によってボリュームが違うのだと最近気がついた。
だから私は欲張りなままの方が、楽しく生きられそうだ。






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