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黒澤明の望遠レンズとキューブリックの広角レンズ

映画界で巨匠といわれる二人の監督がいる。黒澤明とスタンリー・キューブリックである。

黒澤明は、望遠レンズを多用することで知られる。スタンリー・キューブリックは、広角レンズを多用することで有名だ。

しかしそもそも、望遠レンズ、広角レンズとは何なのか。また、なぜ黒澤明は望遠レンズなのか。キューブリックは広角レンズなのだろう。

今回、この点について考えてみたい。

黒澤明とキューブリックの違い

まず、黒澤明、キューブリックがそれぞれ、「二人が並ぶ背景に家が建っている」シーンを撮るとどうなるか?を考えてみたい。

スタンリー・キューブリックが広角レンズで撮るとこうなる。

同じシーンを、黒澤明が望遠レンズで撮るとこうなる。

手前の人物は同じ大きさである。しかし、背景に映る家の大きさが異なる。キューブリックの家は遠く離れており、そして小さい。黒澤明の家は、大きい。

なぜ、このような違いが出るのだろうか?

望遠レンズと広角レンズの違い

望遠レンズと広角レンズ。その違いは、レンズの撮影範囲にある。

同じ場所にカメラを置いた場合の撮影範囲は、以下のようになる(青が望遠レンズ、緑が広角レンズの撮影範囲)。

望遠レンズの撮影範囲は狭く、広角レンズは広い。

撮影範囲、つまり、カメラのフレームに収まる範囲が狭いのだから、望遠レンズで撮ると、被写体は大きく見える。広角レンズはその逆で、カメラのフレームに収まる範囲が広く、望遠レンズでは映らなかった物も映るようになる。そして、被写体は小さくなる。

上に上げた黒澤明とキューブリックの撮影例だと、手前の人物が同じ大きさになっている。

しかし、黒澤明もキューブリックも、カメラを同じ位置に置いていたとしたら、このようにはならない。黒澤明が撮る人物の方が、キューブリックよりもずっと大きく映るはずである。

しかし、人物の大きさは同じである。どうしているのか。

こうしているのである。

黒澤明の望遠レンズは、キューブリックの広角レンズに比べて、被写体から遠く離れて撮る。

こうすることで、手前に映る人物の大きさが同じになる。

望遠レンズで撮ると、人物や背景といった被写体を、カメラから遠く離して撮らなければならない。そのため、街並みや屋内のシーンであっても、通常必要と考えられるよりも大きなセットが必要になる。黒澤明の作品は、セットが大きく金がかかると言われる。その原因のひとつに、この望遠レンズによる撮影がある。

望遠レンズの撮影効果

望遠レンズで撮ると、背景が大きく、迫ってくるような画面になる。これを、圧縮効果という。

黒澤明の映画の各シーンは、驚く程力強い。そして、ダイナミズムと迫力に溢れている。

また、黒澤明が作る画面構図には奥行きがある。前景と背景をしっかりと描き、時に、前景と背景の動きを対立させ、それによりダイナミズムを生んでいる。

この事は、以下の記事にも書いた。

このような奥行きのある構図で、ダイナミズムを演出するために用いられたのが、望遠レンズによる撮影だった。

例えば、背景が家でなく、富士山のような大きな山だとしよう。それらが、今まさに決闘しようとしている二人の侍の背景で、迫りくる様に映される。そこに、対位法の音楽、つまり、決闘というアクションとは逆のバラード調の美しい音楽が流れる。

まさに黒澤明が作りそうな画面ではないだろうか。

このような、望遠レンズによる背景が人物に迫って来るような迫力。そうすることで、黒澤作品の圧倒的ダイナミズムを生み出している。

広角レンズの撮影効果

広角レンズで撮ると、生まれるのは遠近感である。また、画面の左右端が、中心に向かって吸い込まれていくような画面を作ることができる。

キューブリックの構図の特徴といえば、シンメトリーであり、一点透視法である。これらシンメトリーと一点透視法の画面を作る上で最適なのが広角レンズだったのだ。

キューブリックの構図については、以下の記事に書いている。

広角レンズで作られた一点透視法によるシンメトリーの画面は、安定感があり美しい。

しかしその美しさは、自然界にはない美しさである。計算された、整った美しさといえる。つまり、人工的な美しさだ。

キューブリックの作品を観て感じるのは何だろう。『2001年宇宙の旅』や『シャイニング』にしても、美しさに圧倒されると同時に、その美しさとは、この世の物と思えない異様な美しさではないだろうか。

キューブリックが作る画面は、人工的である。人工的であるということは、自然界にはないものである。自然界にはない、つまり不自然であること、そして、異様であること。それがまさに、広角レンズで強調された、一点透視法によるシンメトリーの画面なのだ。

自然界にはなく不自然で異様のはずなのに、シンメトリーで圧倒的な安定感がある。そして、美しい。観ている観客の脳は混乱する。しかも、そのような異様な美しさを、広角レンズで強調した画面が何度も映される。混乱を超えてカオス状態となる。

キューブリック作品が、時に難解と言われながら、人々を魅了してやまないのは、他の監督では感じられない、観客の脳をカオス状態に陥れる、このような美しくて異様な画面で構築されていること、それが大きな理由の一つであろう。

望遠レンズと広角レンズそれぞれの魅力

望遠レンズ、広角レンズそれぞれを多用する黒澤明とスタンリー・キューブリックを例に、望遠レンズと広角レンズの違いを説明した。

望遠レンズ、広角レンズのどちらが優れているというわけではない。黒澤明が望遠レンズしか使わなかったわけではないし、キューブリックもまた然りである。

その場面、構図、演出意図に沿って望遠レンズや広角レンズが使われる。

映画を観ていると、とても印象的なシーン、忘れられないような場面が登場することがある。それは、演じる俳優たちの台詞が印象的だったからということもあるだろう。または、そのシーンが美しかったからかもしれない。その美しさは、望遠レンズ、もしくは広角レンズで撮られたからこそ、強調された美しさであるかもしれない。

そんなことを考えながら映画を観るのも、楽しい映画鑑賞方法かもしれない。

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